2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「僕の甘味の少ない幸せな青春その八」

父さんと母さんの寝室の扉が開いた。中から出てきたのは、俺の本物の妹である観鈴だった。ピンク色のパジャマに、はねあがった髪の毛。眠たげな愛らしい眼をこちらに向け、彼女は朝から五月蠅く吼える忠犬に尋ねた。 「観鈴、お前帰っていたのか」 「お兄ち…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その七」

そう言えばコロ太の奴は何処にいったのだろうか。あの女と入れ替わってベッドの上からは居なくなっていたが。俺は少しばかり瞼の裏に残った眠気を擦って追い出すと、目を凝らして部屋を見渡す。白く大きな犬の姿は、部屋の中には見当たらない。勝手に部屋を…

今週のお題「私の好きなお菓子」

老伴(おいのとも)ですね。 松阪の銘菓で、もなかの中に羊羹が入っているお菓子です。 普通のもなかより上品な感じで、お茶にもよく合います。 あとは、これまた松阪の「たばね庵」のあられですね。 ここのあられは贈答用にもよし、家で食べるもよし。 スー…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その六」

「だから、ふざけてなんていません。お兄さん、お兄さんは私のことを忘れてしまったんですか。あんなに仲良くしてたのに。お兄さん、もしかして、私のこと嫌いになっちゃったんですか。嫌いになったんですか」 「あぁ、嫌いだよ、お前の事なんて。なんで見ず…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その五」

傷心の俺たちにも朝はいつものようにやってきた。詩瑠の残り香が染みついたベッドの上で目覚めた僕は、カーテンから差し込む光を手で遮って体を起こすと、窓の方へと歩いてその光を部屋中に引き込んだ。 照らし出される妹の部屋。コロ太が居たとはいえ、詩瑠…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その四」

麦茶を飲み終えた僕は階段を上って自分の部屋へと向かった。そのまま僕はネットカフェでは充分に満たせなかった睡眠欲をなんとかしようと、自分の部屋の扉を開けたが、ふと、観鈴の部屋から物音が聞こえて、大切なことを思い出した。そうだ、コロ太の世話を…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その三」

その日の夜、僕は家に帰らなかった。帰れなかったというのが正しいかもしれない。鼻の折れた父も、激昂した母も、回復した妹の様な奴も、決して居やしないだろう、僕の家に、入っていける気がしなかった。家族から弾き出された、そんな感情が僕を家へと帰ら…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その四」

麦茶を飲み終えた僕は階段を上って自分の部屋へと向かった。そのまま僕はネットカフェでは充分に満たせなかった睡眠欲をなんとかしようと、自分の部屋の扉を開けたが、ふと、観鈴の部屋から物音が聞こえて、大切なことを思い出した。そうだ、コロ太の世話を…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その二」

「ふざけるな、ふざけんじゃねえよ。父さんも、母さんも、先生も、よってたかって俺をからかってなんだってんだよ。なぁ、詩瑠は死んだんだよ。冷たくなって動かなくなったんだよ。俺は見てたんだ、詩瑠が息をしなくなるその瞬間まで、ずっと彼女の事を。俺…

「僕の甘味の少ない幸せな青春その一」

詩瑠は小児癌から奇跡的に回復した。父さんが大枚をはたいて購入した、海外の未認可薬が効いたのだと、詩瑠の主治医は言っていたが、僕にはにわかに信じられなかった。何故なら、詩瑠は死んだのだ。僕の目の前で冷たくなって死んだのだ。あの冷たさは一晩経…

今週のお題「私のちょっとした特技」

特技というか、趣味ですけれど、自転車で一人旅したりなんかしてます。 野宿はきついので、夜はネットカフェなりホテルなりに泊まりますけど。 泊まる所なんかは特に決めてない事が多いので、体の疲労の具合とか、青看板見て次の大きな都市までの距離で、泊…

「味噌舐め星人の矯味」

俺は彼女を見ないようにした。彼女が味噌を啜る姿を見ていると、どうしても、居なくなってしまった味噌舐め星人の事を思い出しそうになったからだ。単に味噌を啜っているからそう思えるという訳でもない。ベンチで味噌を啜る彼女が味噌舐め星人に似ているか…

「味噌舐め星人の遭遇」

飯を食った俺は、雅を駅まで迎えに行くことにした。余程爺さんに灸を据えられたのが堪えたのか、それとも俺の中にも人らしい心があったのか。恐らくはただの気まぐれなんだろう。どうせ家に居てもすることもない。 夢の中に現れた蛇の神のおかげで、目玉は人…

「味噌舐め星人の気性」

カーテンの隙間から差し込んでいる光で目が覚めた。夢の中では余裕だったが、本能的には怖がっていたのか。気が付くと、俺は布団から完全に這い出して、板張りの床の上で眠っていた。子供の様に腹まで出して。これで部屋の中が暖かいから良いものだが、冬だ…

「味噌舐め星人の推察」

「で、いったいぜんたい神様が俺の様な糞みたいな人間になんの用なんだ。もったいぶってないで要件をお聞かせ願いたいね。夢の中とはいえ、俺もそう暇じゃないんだよ。どっかのコントでもないんだ、アンタも暇をもてあましている訳じゃあるまい。お互い忙し…

「味噌舐め星人の矮小」

大蛇は俺の体を締め付ける力を弱めはしなかった。夢の中だというのにやたらと冴えた痛覚が、俺に忍び寄る死の影を訴えかけてくる。夢の中で死んでしまえばどうなるのだろうね。よくある怪奇小説や漫画の様に、二度と起きれなくなってしまうのだろうか。そう…

「味噌舐め星人の悪夢」

顔を上げると、そこに詩瑠の姿はなかった。あるのは霧がかった森と、その霧を発生させている大きな滝しか目に入らなかった。その唯一視界にある滝の青色も、森の緑色も、白い霧が浸食し、色を奪っていく。やがて俺の視界は全て白色で覆い尽くされた。いつだ…

今週のお題「大人になったと感じたとき」

泌尿器からカルピスが出るようになった時。 二日寝ても筋肉痛がとれなくなった時。 精神的に自分が大人になった時はないですね。 何かを諦めることが大人になるということならば、まだもう少し夢を見ていたい。 夢を見ている人を嘲笑うことが大人になるとい…

「味噌舐め星人の一人寝」

雅がホテルに入ったことを確認すると、俺は自分の部屋に戻って、天井の電気を消すと、布団に寝転がった。暗くなった部屋の中で瞼を閉じれば、自然と眠気が襲ってくる。夜更かしはするものだ。雅となんやかんやと話している内に、丑三つ時なんて言われる時間…

「味噌舐め星人の軽薄」

地方のニュース番組ではない、ちゃんとした全国ネットのニュース番組。放送時間を延長して、電車事故を放送していますと、何度も何度もアナウンサーがしつこく繰り返していた。そんなに大事なのだろうか。俺は部屋に戻るのを中断して、リビングのソファーに…

「味噌舐め星人の留守番」

雅のバイトは八時には終わるはずだったが、九時になっても十時になっても帰ってくる気配なかった。田舎にしかないこじんまりとしたスーパーだ。大型ショッピングセンターの四分の一もない、二階だってないスーパーで、いったい彼女はどれだけ仕事をしている…

「味噌舐め星人の賃借」

煙草を三本吸って、コーヒーを二杯飲んだ。ジャンプは半分も読まずに棚に戻して、俺は勘定を済ませると店を出た。また来てくださいなんて気の利いた言葉はかけてこない。それはそうだろう、なにせ、コーヒー二杯で三時間は粘ったのだから。当初は一時間程度…

「味噌舐め星人の一服」

特にすることはなかった。本日のコーヒーとペペロンチーノを頼むと、俺は入り口近くの本棚に向かって少年ジャンプを手に取り、再び席に戻る。このまま一時間くらいはここで潰そうか。普通に漫画を読んでも、それくらいの時間は消化できるだろう。そう言えば…

「味噌舐め星人の停滞」

俺がスドーの爺さんに拉致されてからはや三日が経った。折られた鼻の骨を、物々しくテーピングされて帰ってきた俺を、何があったのかと雅はとても心配していたが、俺は彼女に何も語りはしなかった。語った所で、それで俺の鼻が治る訳でもなかったし、彼女に…

今週のお題「お母さん、ありがとう」

学生時代、毎朝弁当を作ってくれてありがとう。 電車に間に合わないから要らないと言っても、貴方は弁当を作る手を休めませんでしたね。 電車に乗り遅れて、もう明日から弁当要らないよといっても、次の日、僕より遅く起きて弁当を作ってくれましたね。 お願…

「味噌舐め星人の静観」

「ほんと、運が良いっすね、お兄さんは。悪運って奴ですか、そうやって意味もなくずぶずぶと、死んだ目をして生きていて楽しいっすか」 「楽しいよ。凄く楽しい。あぁもう、生きているだけで丸儲けなんてのはこのことだろうね。金もないし希望もない、周りに…

「須堂老人はロクデナシを打つ」

止めろ、と、爺さんが言った。決して流暢ではない、片言の日本語で。途端に首にかかっていた力が解放されて、喉に新鮮な空気が流れ込む。爺さんの命令には忠実なんだな。つまらない奴だ。ちょっと言われたくらいですぐに手をひっこめるくらいなら、最初から…

「須藤老人は他人の身を心配しない」

「まぁ、そうだろうね、と、スードさんは言ってます。そこら辺は承知の上で、言っている、と。だからこその、雅さんを愛して貰うために一千万円の一時金を払うのであり、資金援助をするのだそうです」 「金で人を愛せってか。随分と身も蓋もないことを言って…

「須藤老人は孫の恋慕を心配する」

爺さんは小さな声でかつぽつぽつとした口ぶりで、ビネガーちゃんになにやら語り始めた。ビネガーちゃんは、爺さんが呼吸を置くたびに、彼が語ったことを和訳して俺に伝えてくれた。要約すると、彼の言い分はこうだ。 彼の孫である酢堂は、確かに雅の事を好い…

「須藤老人は知り合いの娘の幸せを願う」

いや、ちょっと待って、その前にだ。スドーだとかスードだとか、ふわふわした言い方をしやがって。この老人の名前は何なのだ。まさかとは思うけれど、酢堂ってんじゃないだろうな。あの腹の立つ偏執的な雅のストーカーの縁者だってのか。いや、それならば、…