「味噌舐め星人の推察」


「で、いったいぜんたい神様が俺の様な糞みたいな人間になんの用なんだ。もったいぶってないで要件をお聞かせ願いたいね。夢の中とはいえ、俺もそう暇じゃないんだよ。どっかのコントでもないんだ、アンタも暇をもてあましている訳じゃあるまい。お互い忙しい身だ、手短に済まそうぜ」
「いいだろう。では、用件だけを伝えてやる。お前の妹の身と魂は、彼女の願いに従って私が預かっている。今後、彼女が私の下にある限り、生まれ変わることもなければ、亡霊として現世に干渉することもないだろう」
「おい、ちょっと待て、どういう事だよ。彼女の望みだって、そんなことを詩瑠の奴は望んだっていうのか。あり得ないだろう、嘘を吐くなよ」
「事実だ。彼女は、亡霊として現世に干渉できるだけの力を望んだ。そしてもしその力を得ることができるのならば、自分の魂をどうしても良いとも。私は力なく漂う事しかできぬ亡霊だった彼女のその願いを聞き届けた。そして、彼女がもし、充分に現世に干渉し、この世への未練を失くした時には、その魂を私が棲む滝つぼの水底に拘留すると約束を交わしたのだ」
「随分と、一方的な約束じゃないか。困ってる人間を無償の愛で助けてやるのが神様って奴じゃないのかい。しかも願いの対価が女の魂とは。はっ、流石は蛇なんていやらしい姿をした神様だけはあるってもんだね」
「人の身に過ぎたる願いにはそれなりの対価が必要だろう。それが人の世の摂理に反するものであれば尚の事だ。男よ、お前のせいでもあるのだぞ。お前があの娘の事を忘れてしまったことが、彼女を私の力を求めさせたのだ」
 力なく現世を彷徨いながら、それでも、詩瑠はなんとか自分の存在を、俺や観鈴に思い出させようと、躍起になっていたのだ。そして、幼き日に見た滝つぼの中の得体のしれぬ存在にふと思い至り、この白い蛇の神に会った。
 彼女の切なる願いを聞き届けたこの神は、はたして人の心の隙間に付け入る邪神か、それとも慈悲深き救いの神か。望み敬い頼る者に、なんの感情もなくその力を貸し与える。神という、人間の認識ではけっして計れない、巨大な存在を前にして、善も悪も、有りはしない。全てはその掌の中で慰みも同然に踊らされているのに過ぎない。まったく、腹立たしい限りだ。
 しかし、それならそれとして、こいつはなんで俺にわざわざ会いに来たんだ。詩瑠の事を俺に伝える意図は何だ。彼女に頼まれたからか。そこまで、彼女との間で取り交わした約束だとでも言うのか。恐ろしく、尊大で、そして気まぐれな蛇の神が、わざわざ一人の少女の為に、そこまでするのか。
「で、アンタは俺にどうして欲しいんだ。妹を引き取りに来てほしいのか。それとも、妹の子守のお礼でもして欲しいのか」
 詩瑠の為に何かをやれと言うなら、俺はなんだってやってやろう。彼女を解放してくれるというのならば、尚喜んでだ。感情無く、黒い瞳を俺へと向ける蛇に向かい、俺は自らの覚悟を語った。蛇はまた、無表情に、その赤く先の割れた舌を口から伸ばし、俺の頬をゆっくりと舐めるのだった。
「望みなどない、思いあがるな小さき者よ。私はお前に事実だけを伝えに来たのだ。家族の行く末を、知らぬことは、さぞ不幸であろうとな」