「味噌舐め星人の矮小」


 大蛇は俺の体を締め付ける力を弱めはしなかった。夢の中だというのにやたらと冴えた痛覚が、俺に忍び寄る死の影を訴えかけてくる。夢の中で死んでしまえばどうなるのだろうね。よくある怪奇小説や漫画の様に、二度と起きれなくなってしまうのだろうか。そうなると、帰って来た雅の奴が、動かなくなった俺を見てどんな顔をするだろうか。死んでしまった人間に、どれだけ義理立てしてくれるのか。それもまた見ものだ。死んでしまっては、見れないが。いや、詩瑠の様に、幽霊にでもなれば、確認はできるか。ちょうど、そういう存在に都合よくしてくれそうな奴も目の前に居ることだしな。
「くだらぬ。実にくだらぬ人間よ」
「なにがくだらないって言うんだ。まぁ、確かに俺の人生はろくでもないしくだらないが、そんな意味深に笑われるほど、特別酷いもんでもないぞ」
「貴様の来し方など関係ない。くだらぬのはお前の思考だ。夢の中で殺されるという事を随分と軽く考えている。意識など残ろうはずなかろう。跡形もなく、貴様という存在を、意識を、この世から消し去ってくれよう」
「そうかい、それはそれで色々と煩わしくなくて楽だよ。俺の妹の様に、自分の過去を嘆いて、お前みたいな邪神に縋らなくて良いだろうからな」
 怒りは深まることなく、収まることもなかった。妹のことについてはどうでも良いのだろう。この神はただ、この剣が峰に立ちながらも微塵の恐怖を見せない俺に戸惑っているのだ。あるいは苛立っているのだろう。小心な神だな、どっちが矮小なのだろうか。しかしながら、安易な挑発に乗ってこない所を見るに、神として最低限の威厳は持ち合わせてもいるみたいだな。
 俺は暫く神の締め付けに無言で耐えた。それで彼が俺を絞め殺すならそれはそれで構わないし、気が変わって締め付けを解くなら、それはそれで構わなかった。もっとも心のどこかでは、彼が俺を殺すはずはないだろう、と、打算している部分もあった。意味深に俺の夢の中に現れておいて、何も伝えぬまま殺すことなどしないだろうと。神という存在が、突き抜けた残虐性の上に成り立つ絶対的な力の象徴だというならば、その目的を忘れて、怒りのまままに俺を葬ることもするだろうとは思ったが、可能性は低いだろうと勝手に判断をした。理由はといえば、それはもう直感でしかなかった。
 はたして、蛇は俺の戒めを解いた。解いて、再びその闇色をした目を俺の前に持ってくると、赤い舌を出して俺の首に巻き付けた。少し力を入れればへし折ってやることもできるのだぞ、と、言わんばかりだ。どうぞご勝手にとおどけてみせると、やはり今度も俺の首から舌を解いた。顔と図体はやたらとでかいが、神経は人間と変わりやしない。まるで、つい先日あった爺さんと同じような何も感じさせない目をして、神は俺の事を見つめていた。
「お前ぐらいの年頃の人間は、死を極端に畏怖するものだが。お前の、その老人のような死生観は、いったいどこから来たのか」
「さぁな。ちょっとばかり俺の人生は特殊だったんでな。夢も希望も今どきの若者と比べると少ないからかもしれんね。一つ、運気向上を頼むよ神様」
 今度は何も言わず、神は静かに俺の瞳を見つめていた。