「味噌舐め星人の気性」


 カーテンの隙間から差し込んでいる光で目が覚めた。夢の中では余裕だったが、本能的には怖がっていたのか。気が付くと、俺は布団から完全に這い出して、板張りの床の上で眠っていた。子供の様に腹まで出して。これで部屋の中が暖かいから良いものだが、冬だったら風邪を引いているよ。
 起き上がると喉が刺さる様に痛む。気分は悪くないが、どうやら、喉を痛めたらしい。寒い日に喉を冷やす様な格好をして寝るからだ。恨んでくれるぜ蛇の神様よ。まったく、俺としたことが、くだらない夢を見たものだ。
 メールをチェックしながら洗面所へと向かう。雅の奴は、どうやら無事にホテルに泊まれたらしく、今朝の九時には事故を起こした鉄道とは別の鉄道を利用して、家に向かって帰ってきているらしい。いつもととは違う電車、システムに少なからず戸惑っているらしく、何時に帰れるかは分からないのだという。まぁ、のんびり帰ってこいよとメールを返信すると、俺は鏡の前に立って蛇口を捻った。冷たい水が音を立てて洗面台に落ちて行く。蛇口の水を手の中に溜めて、ゆっくりと鼻先から漬けてやり、優しく擦り上げる。一回、二回と繰り返すと、洗面台の横に置いてあるタオルを手に取り、今度は荒々しく顔を拭う。そうして、男前に磨きあがった顔を見ると、俺は少しその顔つきに違和感を覚えて、顔を傾げた。なんだか、妙だぞ。
 その違和感の正体に気づくのに、少し時間がかかった。というのも、違和感の正体を最初はつい先日折られた鼻のせいだと思っていたからだ。ところが、だ、どこかへしゃげている鼻よりも、もっと不可思議な部分が俺の顔には出来上がっていた。それは、そう、そのおかしい部分を見つけるべき、眼にあった。黒目ばかりで、虹彩が見えない。いや、そんなことはない。瞳孔が開ききった状態に、生きた人間がなろうはずがないのだから。
 それは蛇の目のような眼だった。なので、すぐさまそれが、夢の中に現れた神の置き土産だという考えに、俺は至った。あれは夢ではなかったと、あの蛇の神は俺に告げている。何のために。神の考えなど分かるものか。
 暫くすれば治るのではないかと、鏡と睨めっこしていた俺だったが、どうにも勝ち目がなさそうなのを悟ると、諦めてリビングへと向かった。清々しい顔と、どんよりとした気分で、俺は冷蔵庫を開けると、朝食の準備に取りかかることにした。冷蔵庫の食材を見れば、味噌にもやしにたまごに納豆が目に付いた。まぁ、納豆卵にもやしの味噌汁というのが無難な所か。俺は冷蔵庫からまずはもやしを取り出して、まな板の上に置いた。そして、キッチンの蛇口を捻ると鍋に水を少しだけ溜めて、そのままコンロにかけた。
 お茶碗一杯分の水ならば、待たずともすぐに沸く。そこにもやしを放り込むと、少し沸騰は収まったが、またすぐに、ぐつぐつと鍋は揺れ始めた。もやしがしんなりとした所を見計らって、俺は味噌を投入するとかき混ぜる。出汁入りの味噌というのは便利で良い。そのまま食べるのには向かないが。
 そうして更にひと煮立ちさせて、俺は茶碗に鍋から味噌汁を直接流し込むと、もう一つ、陶器でできたお茶碗にご飯を盛ってリビングへと向かった。
 口には、玉子。蛇のように、このまま飲みこんでしまおうか、なんてな。