「味噌舐め星人の遭遇」


 飯を食った俺は、雅を駅まで迎えに行くことにした。余程爺さんに灸を据えられたのが堪えたのか、それとも俺の中にも人らしい心があったのか。恐らくはただの気まぐれなんだろう。どうせ家に居てもすることもない。
 夢の中に現れた蛇の神のおかげで、目玉は人目を引く状態にはなっていたが、なんでもありのこのご時世だ、これもまたファッションとして周りは見てくれるだろう。そんな軽い気持ちで、俺は着替えると家の外に出た。日差しは眩しく、暑く、少し歩けば上着は汗で湿った。不快だが、家に帰って冷房の効いた部屋に居るよりかは健康的だろう。健康など今の今まで気にしたこともないのに、俺は適当な理由付けをして道を急ぐ。なんとか、雅とすれ違いにならない程度の時間に、駅に着くことができればいいのだけれど。
 途中、自販機でコーラを買い、歩きながら飲んだ。炭酸は俺の胃の中で揺れて多大な二酸化炭素を放出し、何度となく俺はげっぷを吐いた。あまりに吐きすぎて、胃の中身がひっくり返るのではないかと思えたくらいだ。少し気分が悪くなってきた頃合いに、ようやく駅に着いた俺は、誰も居ないベンチに腰かけて、雅の乗っている電車が来るのを待つことにした。メールの返信を見る限りそう遠くない時間に、彼女は駅にやってくるだろう。
 ふと、向こうのホームのベンチに人影を見つけた。昼間、しかも向い側のホームに電車が来るには、まだ余裕のある時間帯だった。俺の様な暇人も居るものだなと、少しその姿を眺める。短いスカートに長いソックス、おかっぱの髪の毛に白い肌。ベンチに寝転がっているそれは少女だった。女性の年齢を考えるのはどうかと思うが、俺の見立てでは、小学生くらいだろうか。
 いや、まて、今日は平日だぞ。こんな時間に小学生が駅で何をやっているんだ。学校はどうしたんだ。病院に行くにしても、電車に乗ってまで行くような病気なのか。そういう風には見えないが。ふと俺の頭を過る疑念、その時、俺に背中を向けて眠っていた彼女が寝返りを打ってこちらを向いた。寝ているとばかり思っていたが、よく見ると何か食べている。それは、よくコンビニなどで売られている、ごはん一杯分の栄養のあるゼリーの様なパックだった。しかし、色が、どうも、妙に茶色い。そう、それはまるで。
「チューブ味噌。よく、あんなしょっぱい物を食べることができるな」
 言ってしばらくして初めて、俺は自分の前から姿を消した、もう一人の妹の事を思い出した。ベンチで寝転がっている少女のように、味噌が好きで好きでしかたなかった、甘ったれた、けれども優しい、妹のことを。あの娘もまた、よくチューブ味噌を買ってくれと俺にねだってきたっけか。
 俺が見つめたからだろうか、彼女もまた俺の事を見つめ返してきた。口から味噌が入ったチューブを離さずに、じっとこちらを見つめる彼女。気のせいだろうか、その眼には生気らしいものが感じられない。まるで、生きるという行為に諦めを抱いている様な、そんな表情。爺さんや大蛇の神が、俺の中に見た感覚はこれだろうか。だとしたら、俺もまた随分と小凄い顔ができるものだね。鼻で笑えば、それで何故か彼女は興味を失したのか、俺から視線を逸らし、ちゅうちゅうと、味噌チューブをすすり始めたのだった。