「味噌舐め星人の矯味」


 俺は彼女を見ないようにした。彼女が味噌を啜る姿を見ていると、どうしても、居なくなってしまった味噌舐め星人の事を思い出しそうになったからだ。単に味噌を啜っているからそう思えるという訳でもない。ベンチで味噌を啜る彼女が味噌舐め星人に似ているからというわけでもない。何か彼女の姿や存在の向こう側に、味噌舐め星人と共通するものを俺は感じたのだ。
 電車はほぼ同時に、向こうのホームとこちらのホームにやってきた。ちょうどこの駅ですれ違う様な恰好になり、二つの車両に阻まれ、向かいのホームで眠る彼女の姿は、こちらからは見えなくなってしまった。気持ちを切り替えて、降りてくる人影の中に雅の姿を探す。昨日出かけた時と変わらない服装をして、やつれた顔をしている彼女の姿を俺はすぐにみつけた。
 よう、大丈夫だったか、と、声をかけると、彼女は少し首を傾げた。どうしてそんな事を聞くんですかとでも痛げだ。やれやれ、同居人の健康状態を気にしちゃ悪いのかよ。俺という奴はどれだけ彼女の中で人でなし扱いされているのか。まぁ、予想できた反応だから別に構わないけれども。
 疲れてるんだろう、帰ったらすぐに風呂にでも入って寝ろ。ほれ、行くぞと俺は雅に背中を向けて歩き出す。古風な所のある彼女は、俺の事を人でなしだと思っていながらも、空気を読んで三歩後ろを黙ってついてきた。さてと、無事に雅も帰ってこれたことだし、どうしようかね。このまますんなりと帰って、飯でも作ろうか。せっかく二人でこうして外に出たのだから、どこかに遊びに行くのも良いかもしれないな。まぁ、財布の中には最低限の生活費しか入っていない。遊びに行くといっても、公園だとか大型スーパーをウィンドウショッピングとか、その程度が限度だが。甲斐性のない話だ。
 どこか寄り道でもするか。遊びに行こうではなく、寄り道と言葉を濁して俺が雅に尋ねた時だ。ふと俺の視界に先ほどの少女が目に入った。向かいのベンチで眠っていたあの少女だ。てっきり俺は、すれ違いに向かいのホームにやってきた電車に乗って何処へなりと行ったのだと思っていたのだが、どうしたことか、彼女はこちらのホームの入り口に立って、じっとこちらを向いていた。そう、俺の正面に立って、俺を真っ直ぐと見つめて、だ。
「貴方、自分が何者なのか、分かっているの?」
「なんだ、子供のくせに妙に哲学的な事を聞くな。分かっていないよ。なんだい藪から棒に。そんな物が分かったら人間はもっと楽に生きられるさ」
 少女の問いかけに、俺はその時発揮できる最大限の皮肉を持ってして、答えを返した。言ってから大人げないなと、少し気落ちした。どうしてまた、俺は彼女にムキニなって、そんな言葉を返したのだろうか。味噌舐め星人を髣髴とさせるからか。馬鹿な、彼女は俺にそんなことを聞きはしない。
 哲学的な所とは無縁な世界に生きている、そういう存在なのだ、あれは。
「そういうことを聞いているんじゃないの。そういうことじゃないの」
 彼女は言った。そう言って、彼女は突然白目を剥くと、その場に倒れこんだ。おいおい、どうしたって言うんだ。そう言えば、さっきもベンチに寝て調子が悪そうだったが。俺と後ろで見ていた雅は倒れる少女に駆け寄った。