「味噌舐め星人の静観」

「ほんと、運が良いっすね、お兄さんは。悪運って奴ですか、そうやって意味もなくずぶずぶと、死んだ目をして生きていて楽しいっすか」
「楽しいよ。凄く楽しい。あぁもう、生きているだけで丸儲けなんてのはこのことだろうね。金もないし希望もない、周りにゃろくな女も居ないが、それでも俺は今の人生に満足しているよ。あぁ、楽しい、楽しい」
 強がって言ってみたが、ビネガーちゃんにはお見通しのようだった。そういう風に虚勢を張って、どうなるんすか、と、俺の眼を見る。爺さんと違ってこちらは憐みも何もない。かと言って馬鹿にしてかかるほど若くもない。
「死ぬ気がないのなら、一度先輩に会ってあげたらどうなんすか。本当に、心配してたんすよ。お兄さんが連絡寄こさなくなってから。一時期は目に見えて痩せてるのが分かるくらいだったんすから。妹に迷惑かけて、申し訳ないと思わないっすか。やけっぱちなのもろくでなしなのも別に構わねえっすけど、その程度の心の余裕くらいあっても良いんじゃねぇっすか」
 観鈴には悪いことをしているとは思う。あの優しい子が、俺の今の生活を知って心配しない訳がないのだ。しかしながら、どの面下げて今の俺が彼女に会う事が出来るというのだろう。それは、前に俺が彼女にしてしまった、酷い仕打ちに輪をかけて、彼女に会う気持ちを削がせる物だった。
 こんな情けない生活をしている俺を、彼女に見せるわけにはいかない。最後の最後、自活という選択肢までも投げ出して、堕落しきってしまったこの俺を、女に溺れて日常を頭の隅に追いやったダメ人間を。
 その内、また挨拶にいくさ。俺は醤油呑み星人の誘いを断ったように、やんわりと会いに行くのを断ると、爺さんの部屋の扉を開けた。背中に、ビネガーちゃんの視線を感じながら俺は部屋を出ると、長い長い廊下を歩いて、屋敷の正面玄関へと戻った。正面玄関の扉の前では、俺を拉致したホームレス男の部下の男たちが話し込んでいる最中で、俺の顔を見るなり目を見開いてこちらを見上げた。殺されるとでも思っていたのだろうか。
「旦那が気に入ったそうだ、とりあえず家までお送りしてさしあげろ」
 俺に続いて部屋を出てきたホームレス男が俺の背中で言った。ボスの言う事には忠実らしい、彼らはすぐさま背骨を真っ直ぐにすると、玄関を出て車の準備をし始めた。俺も、玄関までは送ってやるよ、と、ホームレス男。
「よう、佐東のお嬢様のこと、お前、本当にどうとも思ってないのかい」
「美人だなとは思ってる。あとは、具合が良いなとも。あまり女性経験は豊富じゃないけれど、あいつの体は抱いていてとても気持ちが良い」
「それだけか?」
「それだけだ。俺はアイツが俺の事を見限って出て行くならそれで構わないし、暴力に嫌気がさして俺の寝首をかこうがどうだっていい。アイツが居なくなれば、俺は困るだろうけれど、けど、何とかするさ」
「お前のくだらねぇ性癖に付き合ってやってるってのに、報われねぇ話だ」
 それはそうだ、誰も、付き合ってくれだなんて頼んじゃいない。俺だって好きでそんなことをしている訳じゃないのだから、ね。