「味噌舐め星人の軽薄」


 地方のニュース番組ではない、ちゃんとした全国ネットのニュース番組。放送時間を延長して、電車事故を放送していますと、何度も何度もアナウンサーがしつこく繰り返していた。そんなに大事なのだろうか。俺は部屋に戻るのを中断して、リビングのソファーに腰かけて、ニュース番組に暫く意識を集中させてみた。一分も見ていれば、事故の規模の大きさや被害者の多さなどが理解できて、柄にもなく居た堪れなくなって手で目を覆った。
 ただの脱線事故ならば良かったのだが、脱線した所が悪かった。川の手前で脱線した電車はそのまま土手を登り切って河川敷へと落下。天井に背中を叩きつけられて多くの乗員乗客が失神し、そこに川の水が襲い掛かる。単純に圧死した人間で数十人、川の水で窒息死した人間で数十人。百人とまではいかないが、小学生のクラス一つ分くらいの人間が、あっけなく死んだ。
 一両目に乗っていた人間が主な被害者で、他の車両の人間の怪我は比較的軽度な物だった。けれども、この電車に乗り合わせていた人達からしたら、とても目覚めの悪い話だろう。乗り合わせていない人間でも、居た堪れない気分になるというのに。脱線の理由は分かっていないが、これだけの事故を起こしてしまっては、この私鉄の行く先も暗いだろう。
 ふと、この事故に雅の奴が巻き込まれてしまったのかと不安になった。
 部屋に戻り、布団の上に放り出していた目覚まし代わりの携帯電話を持ってくると、俺はリビングのソファーに腰かけて、携帯電話の電源を入れる。暗かった画面が浮き上がれば、トップ画面にメールの着信履歴があった。雅からだ。電話がありましたけど、どうかしましたか、なんて、呑気な言葉が書いてある。送信時刻は、ニュース番組が告げる事故の時刻より遅い。どうやら無事なことは無事らしい。事故に気付いて居ないのが彼女らしいが。
 夜も遅いが俺は雅に電話をかけた。はたして、今度はすんなりと、三回も呼び鈴が鳴らないうちに、はい、と雅が電話に出た。おい、お前大丈夫か、家まで帰れるのか。開口一番雅に尋ねると、彼女は、えっ、と不思議そうな声をあげた。えって、お前、今どういう状況なのか分かっているのか。
「えっと、その。たぶん、帰れる、と、思います。電車が、今は止っているので、何時に、なるかは分かりませんけれども」
「なんで止ってるのかはお前知ってるのか?」
「さぁ。何も、情報を調べる、物がないので。事故があった、とは、先ほどから、アナウンスで、何度か聞いて、居ますけれども。大変なんですか?」
「大変だよ、脱線事故だ。川に電車が落ちたんだ。復旧には時間かかるぞ」
 そうなんですか、と、特に驚いた様な口ぶりでもなく、単調に告げる雅。こんな時にも、呑気な物だねと、呆れると同時に、少し安心もした。
 とりあえず、今日はどこかに泊まっていけよと俺は雅に薦めた。けれどお金がと、彼女はホテルに泊まるのを渋ったが、そんなことは気にしなくて良いからと、俺は強引に押し切って彼女をホテルに泊まらせることにした。
 下手に野宿などさせて、変な輩に酷いことをされても困る。彼女には言わなかったが、なんだかんだで、俺は雅のことを心配していたのだ。