「須藤老人は孫の恋慕を心配する」


 爺さんは小さな声でかつぽつぽつとした口ぶりで、ビネガーちゃんになにやら語り始めた。ビネガーちゃんは、爺さんが呼吸を置くたびに、彼が語ったことを和訳して俺に伝えてくれた。要約すると、彼の言い分はこうだ。
 彼の孫である酢堂は、確かに雅の事を好いている。そのことは彼も知っているし、孫の想いが真剣であるのも、よく分かっている。しかしながら、彼女の方はといえば、酢堂の事を愛してはいない。いや、幼馴染として、ある程度の好意を持って接してはいるが、恋愛対象として、彼の孫のことを見てはいないのだという。幼い頃は、彼の孫の雅に対する思いも、近くにいる異性に対する当然の感情として周りは認識していた。しかしながら、歳を経るにつれて、酢堂の雅に対する感情は重さを増していき、徐々にだがその関係も歪になってきた。今では酢堂は彼女の世話役気取りで、自分こそが彼女にふさわしい人間だと増長する様な部分まで出てきた。そんな彼に嫁いだところで、彼女がはたして幸せになれるだろうか。事実、彼女は最近になって何かと自分の事に干渉するようになってきた酢堂に対して、少なからず迷惑そうに思っているらしい。独りよがりな愛情を、認められるほどには、彼も雅も他人ではなかった。自分の孫と同じくらいに可愛がっている知人の娘。その幸せを考えれば、本当に好きあっている人間と結婚するべきだと思う。
「で、その、彼女が本当に好きな人間というのが、俺だっていうのか」
 ゆっくりと頷いた後、彼は小さく何事か呟いた。ビネガーちゃんが翻訳しないあたりから察するに、どうやらろくでもない事を言われたらしい。まぁそんな風に言われても仕方ないだろう。実際、アイツに愛されていると、客観的に指摘されても、今一つピンとこない所がある、そんな人間なのだ。
 これもまた、酢堂と雅の関係の様に、一つのすれ違いのような物だろう。
「なるほど、つまり、アンタは身内の孫の幸せより、赤の他人である知り合いの娘の幸せを優先するっていう事か。随分と薄情なもんだな」
「それがどちらの幸せにもなると、スードさんは言ってます。まぁ、これも一つの孫可愛さの行動という奴ですよ。何も、望むとおりにしてあげることが、人の幸せにつながる訳ではないですからね。時には嫌われてでも、幸せだと思う方向に強制してやるのも、保護者の勤めという奴でしょう」
「馬鹿言うんじゃねえよ。保護者なんか必要な年齢でもないだろうが。立派に仕事して立派に稼いでんだ。だったら、その判断をすっかり当事者たちに任せてやるのも、保護者だった者の務めってもんじゃねえのか」
 確かに、その理屈にも一理あります。先にビネガーちゃんが納得して、その後、彼女の翻訳を受けて爺さんもまた頷いた。しかし、それに対して、彼がコメントすることも、見解を改めることもしなかった。あくまで、俺と彼女の結婚をさせるということに関しては、譲らない、譲れないらしい。
 やれやれ、ここは一つきっぱりと、俺の意見を言ってやるべきだろう。
「金を出してくれるって言ってくれてるのにあんまりなんだが。正直な所、俺は雅の事が好きじゃない。微塵だって愛していないんだ。色々と具合が良いから一緒に居るだけで、それ以上の感情を俺も彼女に抱いていないんだ」