「須藤老人は他人の身を心配しない」


「まぁ、そうだろうね、と、スードさんは言ってます。そこら辺は承知の上で、言っている、と。だからこその、雅さんを愛して貰うために一千万円の一時金を払うのであり、資金援助をするのだそうです」
「金で人を愛せってか。随分と身も蓋もないことを言ってくれるな。だったら雅に金を渡して、大事な息子さんを愛するように言ってやったらどうだ。赤の他人の俺を、お前さんの所の事情に巻き込んでくれるなよ」
「お兄さん、雅さんを抱き込んでおいてその言いぐさはないっすよ。スドーさんだって、本当ならば、雅さんと坊ちゃんが結婚する方が良いと思ってるんでやんすから。そこを、お兄さんがしれっと割り込んで、引っ掻き回してくれたおかげでこうして苦労してるんすよ。愛してないと言うんだったら、どうして雅さんに手を出したんすか。お嬢様育ちで頭の中お花畑、恋愛やら性知識やらに疎い雅さんが、本気にするのは目に見えていたでしょうに」
「しらねえよ、あっちから迫って来たんだ。俺は退屈だったし、まぁ、女に不自由していたから、それに応えてやったまでだ。それを、たった一度優しくしてやったくらいで、あっちが勘違いしただけじゃねえか」
「お兄さん、一度ってことはいでしょうに。報告は上がってるんですから。そんな口ぶりじゃ完全にお兄さんが悪者、ろくでなしでやんすよ。あぁもうどうしてこんなごくつぶしの腐れニート野郎に惚れちゃったんすかね」
 知るか、そんなことは本人に聞いてくれ。俺だって、どうして雅に惚れられたのか理解に苦しむんだ。俺と彼女の間にある共通の趣味といえば、佐藤匡の小説くらだぞ。それだけで、たったそれだけのことで、人を好きになる訳がない。いや、あの勘違い脳みそお花畑女ならありえるかもしれない。
 因果なものだよ。どうして俺にまとわりついてくる女は、あぁいうどこか頭がおかしい奴等ばかりなんだろうね。頭がおかしいのは勝手だが、俺に何かを求めてくれるな。常に応えてやれるほど、俺は優しい人間じゃない。
「とにかく、お兄さんには雅さんに手を出したんです。それに対する責任はきっちりととってもらうっすよ。雅さんの方から声をかけたというのなら、それはこちらから余分にお金を出しましょう。悪戯に雅さんの誘いにほいほいと乗った責任を、お兄さんには取って貰うっす。それは譲れないっす」
「それはお前が決めることじゃないだろう、決めるのは爺さんだ、ろ?」
 急に喉が締まり、息が苦しくなる。視界に入る太い腕、いつの間に部屋に戻って来たのか、見上げればあのホームレス男の汚らしい顔が目に入った。
「だから、生意気言うんじゃねえよ、糞餓鬼が。何が気に入らねえってんだよ。あんな美しいお嬢様を嫁に貰って、金の工面までしてもらって、それで何が不満だってんだ。食い詰め者の、ごくつぶしの分際で、贅沢な」
「はっ、なんだったら、アンタに譲ってやっても良いぜ。俺がよく言い聞かせれば、あの女はお前にだって股を開くかもしらねえ、から、なっ……」
 喉にかかる力が強くなる。潰れる、折れる、なんて予感が頭を過った。
 まぁ、それも悪くないかもしれない。俺のような人間がいつまでも生きていたって、ろくな事にならない。雅の幸せの為に死んでやるのも悪くない。