「須藤老人は知り合いの娘の幸せを願う」


 いや、ちょっと待って、その前にだ。スドーだとかスードだとか、ふわふわした言い方をしやがって。この老人の名前は何なのだ。まさかとは思うけれど、酢堂ってんじゃないだろうな。あの腹の立つ偏執的な雅のストーカーの縁者だってのか。いや、それならば、縁者の恋敵である俺に、彼女と結婚しろなんて言わないだろう。第一、この人は外国人じゃないか。それがすどうなんて日本人じみた名前をしているはずがないだろう。考えすぎだよ。
 しかし、雅の事を知っているという点で、彼らは共通している。しかも両方とも深い知り合いの様だ。彼女は俺に過去の事を積極的に語るようなことはしないが、なんとはなし、良い所の出だというのは知っている。そして、酢堂も、このスードさんだかスドーさんだかも、それらしいことをほのめかしてもいる。そしてどちらも、彼女の幸せを願って、俺を襲ったという事には違いないのだ。血かもしれない。親子という事はなくても、孫と祖父程度に血のつながりがあっても、それほど驚かないだろう。異邦人の血も、三代も時を経れば、気にならない程度に薄まるものかもしれない。
「少し、聞きたいことがある。アンタに、孫はいるのか。いや、息子かもしれない。アンタに似て、雅の事を心配している、スドウという男なんだが」「ありゃ、それは多分お坊ちゃんのことかもしんないっすね。というか、坊ちゃんとお兄さんってお知り合いだったんですか。ふへぇ、世間は狭いっすねぇ。しっかし、あの人嫌いの坊ちゃんとよくお知り合いになったもんだ」
 まぁな、所詮はただのお知り合いだけれども。別に奴とは友達でもなんでもない。それはもう、彼にとっては愛しい愛しい雅を寝取った恋敵なのだから。もっとも、俺は別に、寝取りたくて寝取ったつもりはないが。
「やっぱり、アンタの家族かなにかなんだな。息子か、孫か?」
「孫ですよ。スードさんの長男の一人息子、つまり一族の次期当主とかそういう奴です。ただ、お父様、つまりスードさんの長南さんと仲が悪くて、会社に入社せず、スードさんの支援を受けて独自に会社を立ち上げてて」
 で、あってますよね、と、スードに了解を求めるビネガーちゃん。少しくらいは日本語が分かっているのか、それとも空気を読んだのか、彼は何も言わずに頷いた。なるほど、やはりそうなのか。しかし、すると、どうして大切な孫の恋路を邪魔しようとするのだ。なまじ、彼の会社に資金を提供する程には愛しているのだろう。なのに、彼の愛する人を、俺なんかのようなどこの馬の骨とも分からない男と、結婚させようとするか、普通しないだろ。
「一つ、聞かせてくれないか。アンタの孫が、俺の所の雅の事を好いていることは、アンタもちゃんと知っているんだろう」
「それは酢堂家の公然の秘密という奴ですよ。坊ちゃんが雅さんに懸想しているってのは、この家の者なら誰でも知っていますよ」
「アンタには聞いてない、爺さんの意見を聞かせてもらいたいんだ。どういうつもりで、アンタは自分の孫の恋路を邪魔しようとしているんだよ」
 ビネガーちゃんと爺さんを睨み付けると、俺は口調に少し怒気を混ぜ込んで彼らに尋ねた。納得のいく答えを返してもらおう。