竜の王と竜の姫 第六話
「おかしな男ね。村長の家臣のくせに隣の国のことも知らないだなんて」
「隣の国?」
「そうよ、このエルフ自治領の西。この山脈を越えた先にある国。そこが竜の国」
この山脈の向こうに国がある。まさか、この村以外に村が無い、また国が無いとは思ったことは無かったが、国境がこんなに近くにあるとは思わなかった。
確かに、この山道を抜ければ、続いているのは随分と険しい山道だ。国と国との境をなすには持って来いの地形と言えなくも無い。
「…… で、その隣の国の隊長付の騎竜がいったい何の用だ? まさか、この国を侵略しようという訳ではないだろうな?」
「だとしたらどうする?」
「…… 貴様には悪いが、ここで斬らせてもらう」
「その棒切れで? 笑わせてくれるわね」
ぐ。確かに、今手持ちに刃物は無い。棒切れ程度でどうにか出来るような相手でないのは、見れば分かる。
「随分と腕に自信がおありなのね? 流石村長の家臣さんだけはある」
「貴様! 愚弄する気か!」
「別に、不思議に思っただけよ。だってそうでしょ、村長にそもそも家臣なんて居るのかしら?」
「く、やはり貴様! 我が手で成敗してくれる、そこに直れ!」
「あら、やる気? 貴方程度の腕でどうにかなるほど、ドラゴンは甘くなくってよ……」
鉄仮面は地に突き刺した棒を引き抜くと振りかぶる。対してクトゥラは動かない。ただ、棒を振り上げた鉄仮面を、その紅色の眸で見つめ続けるだけだ。
しばらく睨み続ける両者。やがて、棒をおろしたのは鉄仮面だ。
「…… 煽るのはやめろ。まったく、とんだ性悪ドラゴンだ」
「そういう貴方は、真直ぐすぎるわ。そんな生き方してると息詰まるわよ」
「余計なお世話だ…… まったく」
満身創痍とは言え、相手はドラゴンなのだ。まともな獲物でもダメージを与えられるか分かった物ではない。
もちろん、クトゥラが本気でない事は分かっている。そして、冗談を言いながら話の本質から遠ざけている事も。
だが、分からない。隠している事柄もだが、それを隠す理由もだ。いったい、何を恐れているのか。棒切れで倒せこそしないが、このまま蹲っていれば死はまず免れないような、そんな状況で、何故。
……考えていても埒はあかない。鉄仮面は、ふぅとため息をつく。
「おどけるのはいい加減にしてくれ、素直に言ってもらわんと、こちらとしても助けられるものも助けられん」
「…… そう言ってもらえるのはありがたいんだけどねぇ」
「お前が我々に敵意が無いのは分かっているつもりだ。むしろ遠慮して、話すのを躊躇っているのもな。
何を遠慮しているのかは知らんが、無駄な杞憂だ。拙者の主、アル様は困っている者を見捨てるようなお方ではござらん。その家臣である拙者もまた、困っている者を見捨てはせん」
「…… 話せないというか、話せないのよね。許可無しには」
誰かから許可を得なければいけない。それは、つまり、この騎竜に乗る者の許可という事だろうか。
「それは、お前の騎乗者にか? というか、その者も今ここに?」
「ええ。私の傷に効く薬草を取りに行って、今居ないけどね……」
「もしや、その者と我々を勘違いして、見ていたとか?」
だとすれば、「やはり違う」という先ほどの言葉も、なんとなくしっくりくる。鉄仮面をその騎乗者と勘違いして、こちらを見ていたのだとしたら。
だが、クトゥラはゆっくりと首を振り、それを否定する。
「では、一体何故、こちらを見つめていたんだ? 納得がいかない」
「それについては…… 直接聞いてもらったほうが速そうね」
「お…… 兄様?」
後ろから響く、甲高い女の声。
びっくりして、鉄仮面が振り返った先にいたのは、銀の髪を短く切りそろえた、白い鎧に身を包んだ少女だった。
「やっぱり! お兄様! 助けに来てくださったのですね!」