竜の王と竜の姫 第五話
「……だから言ったでしょう、ちぃ殿。モンスターかもしれないと」
こちらを見つめるドラゴンの目を見据え、前に出ると鉄仮面はちぃを背中に隠そうとする。
「! 見て、お兄ちゃん、あのドラゴン怪我してる!」
「?」
改めてみれば、確かにその臥しているドラゴンは傷だらけだ。血こそ出ていないが、随分深く入った斬り傷。端のほうが破れてしまった翼。
もしかしたて、今こうして臥しているのは、その所為なのか。
現に、こうして格好の獲物を前にしても、襲ってくる気配はおろか、殺気さえも伝わってこない。ただ、こちらを興味深そうに、見つめている、そんな感じなのだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。何とかならないかな?」
「ならないかなって…… ちぃ殿、相手はドラゴンなのですよ。知っているでしょう、ドラゴンがどんなに凶暴で、危ない生き物かは。怪我が治ったら、すぐに我々が餌になって……」
「ずいぶんな、言いぐさねぇ」
「え?」
思わず目を疑った。ドラゴンの口が開いたと思うと、咆哮の変わりに人の声がしたのだ。
聞き間違いではない。間違いなく、目の前のドラゴンは、喋ったのだ。しかも、自分達の会話を理解して、それに答える形でだ。
「私たちに知識が無い? そんなことは無いわ。人だって色々な人がいるように、ドラゴンだって色々居るのよ」
「しゃ、喋った…… ドラゴンが、喋った」
「喋るドラゴンは初めて? なら、認識を改めたほうが良いわ。この魔界で、喋らないドラゴンなんて今じゃそっちが少数派よ」
そう言って、ふぅと溜息をつくと目を瞑るドラゴン。どこか、張り詰めていた空気が、緩み始める。
相変わらず殺意の類は伝わってこない。少なくともこの様子なら悪意は無いだろうと、鉄仮面は構えを緩める。手持ち無沙汰になった棒を地面に突き刺すと、その上に手を置き、ドラゴンと改めて相対する。
するとどうだろう、ドラゴンも、少し首をもたげてこちらを見てきた。
「…… とりあえず、貴様何者だ? 聞けばこの山にはドラゴンの類は居ないと聞く。どこから、何の目的でここに来た」
「人に素性を尋ねるときは、まず自分から、って言わない?」
「モンスター如きに、名のる名など……」
「見たところ騎士様とお見受けしたけども、格好だけだったかしら?」
鉄仮面が顔をしかめる。騎士らしくないという言葉が効いたようだ。
たしかに、騎士らしくないといわれれば、先に自分の名を名乗らないというのはそうかもしれない。
「…… エルフ自治領西の村 村長アル様の一の家臣 鉄仮面だ。これで良いか?」
「へぇ。そう、やっぱり違うのね」
「? 何の話だ?」
「いえ、こっちの話よ」
そう言って鉄仮面に正面を向けるドラゴン。
改めてよく見ると、随分小ぶりな顔をしている。それでいて、どこか愛嬌のある顔だ。
「私の名前はクトゥラ。魔人領、竜の国は第一軍騎竜部隊、隊長付き騎竜よ」
「…… 魔人領? 竜の国? 隊長付き騎竜?」
そういわれても実のところさっぱりである。なにせ、記憶喪失はまだ現在継続中なのだ。