竜の王と竜の姫 第四話


 文字通り、鉄の壁と化した鉄仮面。その後ろから、まだ尾を引くのか森の奥を見つめ続けるちぃ。
 「…… お兄ちゃん」
 「なんです? ちぃ殿」
 「ここから先に行っちゃ駄目?」
 「駄目に決まっているでしょう。アレはモンスターかも知れないんですよ。ちぃ殿なんかがのこのこ歩いていったら、それこそ、た……」
 食べられてしまうと言いかけて言葉が止まった。ちぃが、フルフルと首を横に振ったからだ。
 「ううん、違うよ。ちぃ分かるの。あれはモンスターじゃないよ」
 「? モンスターじゃない? 何故そんなことが?」
 「だって呼んでるんだもの。助けて、助けてって。だから、助けてあげなくちゃ」
 「あ、ちぃ殿!」
 そう言って鉄仮面の隙を突くと、脇をすり抜け、藪の中へと駆け出すちぃ。その小さな体で、木々をくぐり、飛び越してと、あっという間に鉄仮面との距離を引き離す。
 これは由々しき事態だ。鉄仮面が急いで藪の中へと走りこむ。
 だが、子供と違いその大きな体では、りんごを背負っていることも手伝って、中々容易に前に進めない。足を絡め取る低木を手に持った枝でなぎ払う。やっと通れるほどに開いた木々の隙間をくぐりぬける。それで、やっとちぃを見失わない程度でしかない。
 鉄仮面とちぃの間は
 「ちぃ殿! っつ、仕方ない……」
 ちぃに何かあっては、信頼して自分に預けてくれたアルに申し訳が立たない。少しもったいない気がしないでもないが、こんなものちぃの安全と比べれば、たいしたものではない。
 戸惑うことなく、鉄仮面は背負っていた籠を外すと、無造作に放り投げた。辺りにりんごの雨が降る。
 籠を捨てたおかげで、随分と体は軽くなった。これなら追いつける。
 「待ちなさい、ちぃ殿! 一人で行っては、危険です! こっちに戻って来なさい!」
 「ヤー! だって、泣いてるんだもの。早く助けてあげなくちゃ、可哀想だよ!」
 「そんなの、何処からも聞こえてこないではないですか!」
 「聞こえたもん、本当だもん!」
 二人の追いかけっこは佳境に入る。
 いくらちぃが体が小さく、動きやすいとはいえ、所詮は子供。その脚力は、騎士としての修練を怠らない鉄化面に比するものではない。
 現に、重荷を外した鉄仮面はどんどんとその距離を取り戻し、いまやちぃのすぐ後ろ。今にもちぃのそのか細い二の腕を、掴まんがばかりの距離なのである。
 「さぁ、観念しなさい! あとで、アル様にしかって頂きますか……」
 言いかけて、鉄仮面が息を止める。同時に足裏を使って全力ブレーキをかけると、その胴がちぃの頭に当たった。
 同じく、ちぃも逃げるのも忘れて鉄化面の前で呆然と立ち尽くしている。いや、逃げていた方向に逃げることができなくなったというのが正しいだろう。
 道なき道を潜り抜けてたどり着いたのは、何故か円筒状に開けた不思議な草地。そこには、地面に臥しこちらを見つめる、一体の巨大な獣。秀麗なその顔に似た何かを、鉄仮面、ちぃも見たことがある。
 そう、ちぃと鉄仮面の前に現れたのは、白い体に大きな翼を持つ、天空の覇者。一角のドラゴンであった。