竜の王と竜の姫 第三話


 「ちょうど良いところに来たなぁ、鉄仮面」
 ニッコリとアルが鉄仮面に微笑みかける。
 「本当に。主君の危機に颯爽と参上するなんて、騎士の鏡ね」
 アルにも増して笑みをつくり、メイが鉄仮面に語りかける。
 「? い、いやぁ、その。なんというか、良く分かりませんが、そういわれると、何だか照れますなぁ……」
 そう言って、わけも分からず頭をかいて恐縮する鉄仮面。
 褒められた事がよほど嬉しかったのか、光る目をへの字にまげて、なんとも情けない面構えだ。
 その情けない顔に一抹の不安を感じないでもないが、この男のほかに頼れそうな者も居ない。アルとメイは顔を見合わせて頷くと、鉄仮面の前にちぃを押し出す。
 「それじゃぁ、ちぃちゃんを頼んだわね?」
 「頼んだぞ?」
 「はい?」
 とんと、足元に押し出された主君の娘が、上目遣いにじっと鉄仮面を見つめてくる。
 褒められたと思った矢先、まったく訳の分からない話に転がれば、それは誰だって混乱する。
 訳も分からず交互にアルとちぃの顔を見る鉄仮面。そんな、彼のマントを、ちぃがぐいと引っ張った。
 「お兄ちゃん! ちぃと一緒にりんご取りに行こぉ!」


 「はやく、はやく! お兄ちゃん遅いよぉ〜!」
 青白いドレスのようなつくりの衣装を跳ね上げた土で汚しながら、ずいずいと森の奥へと進んでいくちぃ。
 それに遅れる事数歩。自分の身長よりも底のある籠いっぱいにりんごを詰め込み、しんどそうな表情で鉄仮面が山道を歩いて来る。
 無理も無い。既に太陽は天辺を過ぎ去り、西に半分ほど傾いている。その間歩き尽くめなのだ、しんどくもなる。
 「ちぃ殿。そろそろ、休憩にしませぬか。拙者、足が、もう棒のようで……」
 「えぇ〜! まだ、森中のりんご取りつくしてないよ〜!」
 「うぅっ! それは、本気だったのですか……」
 「本気だよー! この森中のりんご取りつくすまで、今日は帰らないよ〜」
 そういって、とてとてと元気に駆けていくちぃ。籠を担いでいないとはいえ、山道である。それを物ともせぬとは。やはり魔王の娘だけはあるのだろうか。
 ただ、元気すぎるというのも困りものである。
 「ま、まってください、ちぃ殿! あぁ、もう……」
 りんごを籠からこぼさぬ様に注意しながら、小走りにちぃの後を追う鉄仮面。
 と、どうしたことか。あれほど先を急いでいたちぃが、ピタリと道の真ん中で足を止めているではないか。
 「? どうされました、ちぃ殿?」
 「お兄ちゃん、あれ……」
 小さな指が茂みの奥を指す。あるのは、なんともない、ごくごくありふれた広葉樹の木々だけ。
 いや、違う。その奥の奥。何か、綺麗に光るものが、確かに見える。赤い光を放ち、キラキラと輝く何かが、木々の間から垣間見える。
 宝石であろうか。いや、森の中に宝石というのは不自然だ。では、森にありそうで光るものとはいったい何か。想像して、嫌な予感が鉄仮面の脳裏をよぎる。
 剣を取ろうと脇に手をやり、今日はちぃのお守という事で剣を置いてきた事に気がつく。村に近い森だからといっても、いくら何でも油断しすぎた。
 こんな事ならば、短刀でも良いから持って置けばよかった。鉄仮面は剣の変わりに太い木の枝を地面から拾うと、素早く身構えちぃの前に立ちはだかった。