竜の王と竜の姫 第二話


 「ヒーマーダナー、なぁ、ちぃ?」
 「ヒーマーダーネー、ねぇ、パァパ?」
 ちょっこりと膝の上にちぃちゃんを載せて、玉座に座っているアル。暇と言う割には、随分と楽しそうなのは娘と一緒に居るからだろうか。浮ついた表情で体を揺らし揺らし、二人楽しそうに足をぶらぶらしている。
 エルフの村は今日も平和だ。先日のダンジョン事件から既に数週間が経過したが、その後これといった事件はおきていない。といっても、あの事件を上回るような事件など、そうそうおきたらそれはそれで困りものである。
 ともかくそんなわけで、その手腕と度量を買われて新しく村長として就任したアルであったが、特に何をするでもなく、ここ数日は愛娘と一日中遊んでいる日が続いていた。
 「メイおねぇちゃん、今日はおそいねぇ?」
 「だな。いつもならもっと早く来るのになぁ」
 アルが村長として就任してから変わったことといえば、村長の家が厳かな城になったのと、鉄仮面を隊長とする自警団が組織された程度である。
 それ以外は以前と変わらず。つまり、村長補佐としてのメイの役割も変わっていない。
 ブラウンが村長のときと同じように、先日までに寄せられた、村人から寄せられた苦情・近村からの連絡などを事細かに纏め上げて、毎朝村長であるアルに目通しさせている。
 まぁ、アルは本当に目通しするだけで、実際に何をやるか等という具体案は、メイと村の長老顔たちが決定するのだが。一応村長としての勤めである。村を治めるものとして勤めは果たさなければならない。
 と、ここ数週間、うざったいほどに追い掛け回されて、骨身に染みて分かったので大人しくアルは待っていたのだが。今日はいつになくメイがくるのが遅い。日の陰りから見て、もうとっくの前に来ていてもおかしくない頃だ。
 「いつになったらお出かけできるのかなぁ」
 「そうだなぁ、早くしないとお日様が山の向こうに沈んじゃうものなぁ」
 「今日はいっぱい、いっぱいりんご取るんだよね、パァパ」
 「あぁ。この森中のりんごというりんごを全部取ってやるぞ」
 と、そんなことを言っていると、メイが部屋の扉を開けて入ってきた。脇に何時に無くたくさんの書類を抱えて。
 「すみませんアル様、遅れてしまいました」
 「…… いやまぁ、それは良いんだけどよぉ…… それ、もしかして全部今日中にやるのか?」
 走ってきたのか、少し浮ついた息のメイ。うっすらと、汗を滲ませた手で書類をアルの前に置くと、応える代わりにニッコリと微笑む。
 これは参ったなと、アルはため息をつく。ざっと見積もって、ここ数日の書類を全部集めたくらいの量だろうか。今までは、ものの一時間ですんでいたが、今日はそうにも行かないだろうという事は、よく分かる。
 アルは指をくわえて書類を見ていたちぃを抱き上げると、そっと床に下ろす。
 「ごめんな、ちぃ。今日はお外にお出かけできなさそうだ……」
 「えぇ! 楽しみにしてたのに〜!」
 「ごめんなさいね、ちぃちゃん。けど、アル様にもお仕事があるからね」
 明らかに不機嫌そうにメイを睨みつけるちぃ。助かる事に、物分りがいいので駄々はこねないが、そういう顔をされるとやはり心苦しいのが大人だ。
 機嫌を直してもらおうと、ちぃの頭をなでるメイ。駄々こそこねないが、やはり楽しみにしていたのだろう、中々頬のふくらみは小さくならない。
 と、そんなことをしているところに、ちょうどいい男が扉を開けて入ってきた。
 「おはようございます、アル様! メイ殿!」
 扉の向こう側から現れたのは、朝の調練を終えた鉄仮面である。実に爽快といった感じで光る目を細めて笑いながら、アルたちのほうへと歩み寄る。
 「お、今日は書類多いですね…… って、アル様? なんで、私の肩を持つんですか? メ、メイ殿も……」