「店長の見舞い」


 俺は飛び起きるようにして上半身を上げた。本当か、と、味噌舐め星人が寝ているのも忘れて、俺は大きな声で叫んでいた。醤油呑み星人は小さく頷いて、えぇ、本当よと涙目に言葉を漏らす。良かった、本当に良かったと、一人がちに呟く俺の背中に手を回すと、醤油呑み星人は、今、彼のご両親も呼ばれたところなのよ、貴方も来て、と俺に車椅子に座るよう促した。いやしかし、俺の様な他人が会いに行って良いのだろうか。馬鹿ね、貴方が他人なら私の立場はどうなるのよ。彼とはたった数ヶ月の付き合いしかないっていうのに、それでも毎日出入りしているのよ。私も貴方も、彼にとって他人だとか店員だとか、そんな簡単な関係じゃないでしょう。それも、そうだ。
 それはいつもの醤油呑み星人の調子だった。憎憎しく皮肉屋な彼女の口から時たま出る、とても楽しそうな幸せそうな声と言葉だった。店長がやっと目覚めたことで、どうにか彼女も精神の平衡を取り戻してくれたらしい。
 醤油呑み星人が用意した車椅子に乗って、俺は病室を出た。少し眉をひそめて眠る味噌舐め星人の寝顔に、ちょっと言ってくると言付けて扉を開けると、病的な色をした光に満ちた廊下をエレベーターへと向かう。醤油呑み星人は、部屋での様子と打って変わって、途端に無口になった。しかしながら俺が乗った車椅子を押す力加減は優しく、時々胸が高鳴るように少し揺れるのだった。まるで恋人へと会いに行く少女の様だと思う。あるいは、本当にそうなのかもしれない。なぁ、醤油呑み星人。お前、どうして俺をわざわざ迎えに来たんだい。なんとなく、それを声にしたところで返事が返ってこないのが分かったので、俺はそれを腹の中へと押しとどめておくことにした。
 すみません、面会、お願いします。ICUのある階のナースステーションで、醤油呑み星人はナースに声をかけた。あら、また来たの貴方、面会は一日に三十分って言ったわよね、と、少しうんざりした感じに年の若いナースが言ったのだが、醤油呑み星人は得意げに、いえ、今度は違う人ですと、彼女に答えた。どこか軽薄そうな感じのするそのナースは俺へ見下すように視線を落とすと、ふぅん、分かりました、それで、その人の付き添いで、貴方が入るって訳ねと、心底どうでも良い感じにため息を吐いた。一応聞いておくけれど、その人はなに、親族、それとも、友達。親友ですと、醤油呑み星人は勝手に答えた。ふぅん、なるほど、親友じゃ仕方ないわね。いいわよ、好きにしなさい、でも、三十分だけだからね。そう言うと、ナースはパイプ椅子から腰を上げて、ナースステーションの中から出てきてたのだった。
 とりあえず、意識は戻ったから明日か明後日には普通の病室に移動になると思うわ。わざわざこんなことまでしなくっても、それまで待っていればいいのに。本当に、貴方ってあの男の事が好きなのね、という言葉が俺の隣を歩くナースから、言ってもいないのに聞こえてきた気がした。ていよく俺を利用してくれたわけだなと、上を向けば、ふぃと、醤油呑み星人は俺の視線から逃げた。まぁいい、恋する乙女に力を貸してやるのは、気分としては悪くない。その見返りとして、帰りにコンビニに少し寄ってもらうとしよう。
 そうこうしている内に、俺達は店長の眠るICUの前に着いたのだった。