「店長との対話」


 若い看護婦が集中治療室の扉を開けた、中に控えていた看護婦に理由を話すと、更にもう一つ中に構えられていた扉を開く。さぁ、どうぞ、と、二人の看護婦が口を揃えて言ったのを聞き終えると、醤油呑み星人はゆっくりとした動きで、俺が乗っている車椅子を押すと中へと入っていく。昨日とまるで変わらない配置。地面を這うコンセントなどのケーブル類を避けながら、俺たちは店長が横になっている、中央の治療台へと近づいたのだった。
 店長の表情は昨日とまるで変わらず、まだ深く眠っているように俺には見えた。それはもう、俺の後ろに立っている醤油呑み星人が、彼に会いたい一心で俺に嘘を吐いたのではないだろうか、と、思わせるほどに。起きていないじゃないか、と、俺が言いかけたのを制して、よく見てと、彼女は呟く。すると、確かによく見ると、薄っすらとではあるが目の前で眠る店長の瞳が開いているのが分かった。いや、開いているだけではない、瞬いている。起きているのだ、朦朧としながらも、彼は、起きて、こちらを見ていた。
 はーっ、はーっ、と、店長がマスクに息を吹きかけた。なんとなく、彼が俺にやぁと言った様に俺には思えて、俺も、やぁ、と返した。目覚めたばかりだ、まだ疲れているのだろうか、彼の表情は変わらない。あるいは、薬か何かが効いているのかもしれない。こんな状態で、もう二、三日で普通の病室行きというのは、少し酷なんじゃないだろうか、と、心配になってくる。ふと、店長は俺の横に立っている醤油呑み星人へと瞳を動かした。振り返れば、また、会いに来たわよと、でも言いたげな顔をした醤油呑み星人。俺の時とは違って、明らかに今度は口元を緩ませて、店長は笑った。まったく、こんな状態でも男より女の期限とりかい。体は兎も角として、心は元気そうな事でなによりだよ。安堵とも呆れともつかぬ感情に俺はため息を吐いた。
 白いシーツが引かれた寝台に寝ている、白い病院服を着た店長。その中で唯一肌色をした腕には、点滴やら脈拍計やら、色々な装置の管が備え付けられている。唯一何も付けられていない手を、醤油呑み星人は握ると、気分はどうかしら、何か、不便なことはない、と、店長に語りかけた。まだ満足に言葉を喋れない店長は、頷く代わりだろうか、醤油呑み星人の掌を二回叩いた。そう、大丈夫なのね、と、確認を取れば、もう一度叩いてみせる。この調子でモールス信号でやり取りをはじめたならば、ある映画の様だ。もっともこの場合、その映画の話をすると洒落にならないので言うのは止めたが。
 傷の具合はどう、まだ痛いかしら。店長はまた、醤油呑み星人の掌を打った。包丁でこれでもかと滅多刺しにされたのだ、痛くない訳がない。奇跡的なことに特に後遺症は残らないとのことだが、回復までには相当な時間がかかるだろう。辛い現実に、醤油呑み星人が暗い顔をして、少し俯いた。すると、店長が何も聞いていないのに彼女の手を打った。そして、ゆっくりと指先を動かして、彼女の掌に、大丈夫、と、感じで描いた。次いで、元気、出して、と。こんな状況で他人の心配とは、つくづくお人よしな奴だ。うん、大丈夫、ありがとう。と、醤油呑み星人が涙目に微笑めば、弱弱しい動きで店長は首を縦に振って、笑った。女好きもここまでくれば褒めたものだよ。