「醤油呑み星人の悪夢」


 俺が店長を見舞いに来たがはずが、気づけば醤油呑み星人ばかりが話していた。見たくもないのに延々と彼らの愛のやり取りを見せ付けられた俺は、面会の終了時間が終わるころにはすっかりと嫌な気分に毒されていた。目覚めてめでたいのは分かるが、俺は別にあんたたちのおめでたいやり取りを見に来た訳じゃないんだぞ。そこの所を分かってらっしゃるのか。きっとこれから店長が個室に移るまでの毎日、こうして醤油呑み星人にICUに無理やり連れてこられるのだと思うと、気がどうにかなってしまいそうだった。
 さぁ、面会時間終了ですよ、そろそろ出る準備してくださいね。それじゃまたねと、店長の手を強く握ると醤油呑み星人は俺の後ろに回った。いっかい手前に引いて、ベッドから車椅子を離すと、進行方向を45度回転して、車椅子は集中治療室の壁際へと向かう。ケーブルの束を避けて入り口までたどり着けば、醤油呑み星人は彼女にしてはやたらと丁寧なことに、看護婦にありがとうございますとお辞儀をした。いえいえ、こちらも独り者には妬ける姿を見せていただいて、どうもでございます。と、苦笑いで看護婦。ナースセンターに戻る彼女と並んで歩き、俺たちはエレベータへと向かった。
 悪いが病室に戻る前に二階のコンビニに寄ってくれないか。味噌舐め星人が寝ている間、退屈で詰まらなくてね、何か読み物でも欲しいんだ。あら、そう。分かったわ、けど、よくコンビニになんて行く気になれるわね。貴方コンビニで足を刺されたって言うのに。冗談とも本気とも言えない目で、醤油呑み星人は呟いた。それは、自分のコンビニの前で滅多刺しにされた店長に対しても言えることだった。なんとなしに彼女は彼女で、店長の去就を気にしているのかもしれない。おそらくは醤油呑み星人の予想に難くなく、店長が再び店長として働くのはないように俺も思えた。生命の危機に瀕した場所で、なんの恐怖も抱かずに働ける物なんてそうそういない。ちょっと肌に合わないだけで止める人間も多い世の中だ。となると、あの店は本社から派遣される誰か別の店長の下に運営されることになるだろう。とまぁ、そんなことは話の本質とは大きくかけ離れている。これ以上、考えるのはよそう。流石に、病院のコンビニにまで強盗に来る馬鹿な奴は居ないよ、と、俺は醤油呑み星人に笑って答えた。そうね、と彼女は小さな声で合点すると、エレベータの前の下向きの矢印が印字されたボタンを押し込んだ。エレベータはすぐに俺たちの階までやってきて、段差を乱暴に中へと入ると、醤油呑み星人に先んじて、俺はコンビニがある二階行きのボタンを押したのだった。
 途中誰かがエレベータに乗ってくることもなく、ノンストップでエレベータは二階へと到着する。降りてすぐの所にコンビにはあり、探す手間が省けて助かった。とりあえず、雑誌のコーナーにでも連れて行ってくれと、俺は背中の醤油呑み星人に頼む。すると、いや、私は、入りたくないわ、と、醤油呑み星人がか細い声で言った。なんだか泣き出しそうな声に、ふと後ろを振り返れば、彼女は青い顔をしていた。あの日の惨状を思い出して居るのだろう。なにも、心に傷を負うのは、当事者だけではない。分かったよ、と、俺は誰に聞かせるでもなくひとりごちに呟いて、車椅子のペダルを回した。