「店長の目覚め」


 俺がまずい夕飯を食べ終えて一息ついても、看護婦さんが数人がかりで簡易ベッドを病室に運び入れても、味噌舐め星人はいっこうに起き上がる気配はなかった。簡易ベッドを俺が眠るベッドの隣に横付けすると、体格の良い看護婦さんが味噌舐め星人を抱えてそこに寝かせる。うぅんと、唸りはしたが目を擦る程度、余程眠たいのだろうか味噌舐め星人は、無意識に布団を首まで引っ張りあげれば、穏やかな顔をして寝息を立てるのだった。ここ数日というもの、起きない貴方の世話で大変でしたからね、とは、味噌舐め星人をベッドへと運んだ看護婦さん。その不必要に逞しい肉体と顔つきには、驚くほど不釣合いな優しい笑みを俺に向けると、彼女は、今は妹さんをゆっくり眠らせてあげなさいなと言って、俺に背中を向けて病室を出て行った。
 やる事もないので俺は目を閉じたが、お昼寝をした手前今ひとつ眠気は起こらない。加えて、一日中座るか寝ているかである。体の疲労も大したことはなく、恐らくは一時間もこうしていたって眠れないだろう、と、そんな予感めいたものを俺は感じていた。事実時計を見れば、目を瞑って半時間が過ぎようとしていた。体を癒すのもなかなか一筋縄ではいかないものだ。
 テレビを見ようにも、気持ちよく寝ている味噌舐め星人を起こすわけにもいかず。新聞は既に読みきっていて、これ以上何を読むのだというそんな状況。何か買いに行こうにも、車椅子には一人で乗れない。そして不貞寝しようにも眠気が起こらない。手詰まりもいい所だ。このまま、どれくらい寝れない夜を過ごせばいいのだろうか。明日こそは、病院の売店で何か暇を潰せる小説でも買ってこよう。あぁ、そう言えば、佐藤匡の小説をまだ読んでいなかった。明日、ミリンちゃんが来るついでに、家に取ってきてもらおう。
 こつり、と、扉が鳴った。最初は風か何かで部屋の扉が揺れたかと思ったのだが、どうもそんな感じではない。というのも、一呼吸おいて、また、こつりと扉が鳴ったからだ。誰か、来たのだろうか。やれやれ、どうしてこう俺の部屋を訪れる奴らは、遠慮がちに扉を叩くのだ。まぁ、今は味噌舐め星人が寝ているから、別に構わないが。はいと、俺は小さな声で返事をした。扉の向こうまで届くかどうか、言葉を発してから少し心配になったが、どうやら届いたらしい。隙間から蛍光灯の鋭い光と共に現れたのは、俺の仕事仲間にして幸せそうに俺の隣で眠る妹の宇宙人仲間、醤油呑み星人だった。
 その顔は、心なしか、一日前に会った時よりも、生気を帯びていた。
 どうした、こんな夜更けに。昨日の彼女の荒れようを考えると、そんな淡白な言葉しか俺の口からは出てこなかった。彼女はゆっくりと音を立てないように扉を閉めると、暗闇の中を俺の方へと近づいてきた。そして、壁に横付けるように置いてあった車椅子に手をかけると、俺が眠るベッドへと引いてきたのだった。どこかへ連れて行こうというのか。黙りこくっているから彼女の意図がまったく分からない。普段なら毒舌な彼女の事だ、頼まなくっても喋ってくるというのに。仕方なく、俺は、おい、何処に連れて行くつもりなんだよ、と、強い口調で彼女に尋ねる。すると、少し優しい顔をして、彼女は俺に、目覚めたのよ、と、言った。目覚めたのよ、彼が、やっと。