「味噌舐め星人の保護」


 と、親父に出会ったところで俺はふと目が覚めた。余程あの顔に拒否感があるのだろう。もう少し長い時間、あの辛気臭い面をした男を夢に見ていれば、きっと魘されていたんじゃないだろうか。きっと魘されていた。
 窓から見える外の景色はすっかりと暗く、薄い雲の向こうに微かに月が輝いていた。既に夕闇の時刻は過ぎて、今からまさに夜が始まろうという瞬間だ。まるで俺の夢の中を垣間見たような辺りの光景に、夢の延長線上の時系列がまだ続いているような風景に、俺は柄にもなく小さな感傷を覚えた。
 はいはい、夕食の時間ですよ。あらまぁ、電気もつけずになにしてるんですか。そんな俺の静かな時間は長くは続かず、料理の載ったリヤカーを引いて、中年の看護婦さんが部屋にやってきた。朝、俺たちの部屋にやってきた看護婦さんと同じ人だ。ほらっ、こんな暗い部屋に居たら、気分まで暗くなるわよ。電気のスイッチはベッドの横にもあるでしょう。そう言って、入り口入ってすぐのところにあるスイッチを押そうとする看護婦。味噌舐め星人が、パイプ椅子の上で気持ちよさそうに舟を漕いでいるのを確認した俺は、待ってくれ妹が寝ているんだと、小さな声で看護婦さんに言った。
 スイッチは一度押されて、すぐにもう一度押された。蛍光灯が光るよりも早く電源を切ったので特に問題はなかったが、看護婦は少し焦った顔をしていた。自然、パイプ椅子に座っている味噌舐め星人に二人の視線が向かう。俺たちのやり取りなど少しも知らぬという感じに、味噌舐め星人はすよすよと気持ちよさそうに寝息を立てていた。ほっと、看護婦がため息をつく。もう、それならそうと早く言いなさいな。びっくりしたわよ。小さな声でそう言うと、苦笑いをしながら彼女はこちらへと近づいてい来た。そして、冷めたごはんと鯖の塩焼き、漬物とお吸い物が載ったお盆を、俺の前に静かな動作で置いた。相変わらず、見た目に不味そうだと思える料理だな。
 しかし、貴方も優しいところがあるのね、妹さんを寝かせておいてあげたいだなんて。ちょっとばかり見直したわ。そうかい、このくらいで見直して貰えるなら俺は偉人になっているかもしれないね。皮肉を言うと、やはり、駄目ね、分かっちゃいないわと、中年の看護婦は呆れた感じに呟いた。だからそうやって、人の一面だけを見て、何でも判断するのはやめてくれよ。本当に、この手の人は自分のことは差し置いて、理想論で人をどうこう言うから困ったものだね。ありがとうございます、それじゃ、妹も気持ちよく寝ている所なので、とっとと出てってくれませんかね。どういたしまして、それじゃとっとと出て行きますけど、何かあったらナースコールで呼んでくださいね、すぐに行きますから。ちっともどういたしましてという表情ではない顔をして、看護婦は答えると、忍び足でゆっくりと病室から出て行く。
 あっ、そうだ。なんだったら、妹さん用に、簡易ベッドを用意しましょうか。今までは、寝ずに看病するといって、妹さん、要らないって言ってましたけど。俺も目覚めたことだし、寝ても良いんじゃないか、ということか。確かにその方が良いかも知れない。味噌舐め星人のことだ、家に帰れと言ってもきっと聞かないだろう。頼みます、と、俺は看護婦の親切に甘えた。