竜の王と竜の姫 第二十四話


「どうしたの? 鉄仮面、ボロボロじゃない」
 満身創痍というか、年期が入ったというか。細やかな傷と、大小無数のへこみに体を蝕まれながら、拙者はついに、村へと帰ってきた。
 村の入り口には、いつまでも本隊に追いつかない拙者を心配してか、メイ殿が立っていた。ふらつきそうになる拙者に、そっと鉄仮面に肩を貸してくれるメイ殿。それで、何とか体勢を保つと、拙者は力なく村の入り口の柱の下に腰を下ろした。
 ビックリといった顔のメイ殿を見て、ほっとため息をつく。これで、やっとギャーギャーと騒がしい、子竜達の相手を誰かに変わってもらえるからだ。あぁ、本当に疲れた。
「いや、子竜達の相手に疲れてな……」
「子竜?」
 何故疲れているのか、事情のわからないメイ殿の不思議そうな表情。はてさて、どう説明した事やら。あぁ、思い出すだけでどっと疲れたが、ぶり返してくる。
 あの後の旅路は凄惨たるものだった。ドランから頼まれた子供達は、口を開けば「腹が減った」「もう、歩けない」「眠たい」で、遅々として前へ進んでくれない。かといって、我慢しろなどとこのような子竜たちに怒鳴るのも忍びない。それでいて全然なついてくれないし、竜だから力は強いしで、ことあるごとに体当たりだのなんだの攻撃を仕掛けられ、体はボロボロ。そんな調子で、よくもまぁ、二日で村に着いたというものだ。子連れのたびというのは、かくも難儀な物なのか。
 なんて思っていると、その騒がしい子竜たちの声が。どうやら、追いついてきたらしい。
「おっちゃん! あんちゃんは何処にいるんだ!?」
「にいひゃん、ろこ〜?」
 メイ殿のキョトンとした表情を横に、辺りを不思議そうにきょろきょろと見回す子竜たち。あの山奥で暮らしていたのだ、村を見るのが初めてなのだろう。しかしまぁ、無邪気にあっちこっち飛び回って。夜も深まっているというのに、なんと元気なこと。
「お前達…… とりあえず、今日はもう遅いから、大人しく寝ないか?」
「やだ、あんちゃんと一緒じゃないと嫌だ!」
「兄ちゃと一緒がいいの〜」
 疲れていると所構わず寝だすというのに、意識があるとこれだ。よくもまぁドランは、こんな我侭放題の子竜たちをしっかりと手懐けたモノだ。
 辺りのことなど気にせずギャーギャーとはしゃぐ子竜たちを前に、深いため息をつく。すると、見かねたメイ殿がさっと呪文を唱えると、子竜たちは一斉に大人しくなり、その短い前足で目をこすったかと思うや否や、まるで蚊取り線香を喰らった蚊の如く地にくてりと落ちていった。
 どうやら、睡眠の魔法を使ったらしい。これで、暫くは起きてこないだろう。ほっと、拙者は胸を撫で下ろした。
「いやはや、助かったよメイ殿。これ以上この子達の相手をすると思うと、気がめいっていたところだったのだ……」
「なるほどね。大変だったろね、こんなの連れて…… ほら、ちょっと傷を見せて。もしかしたら、あんたにも回復魔法効くかもしれないから」
 メイ殿の言うとおり、果たして鉄の体に回復魔法が効くのかわからないが…… ものは試しだ、一番深い傷を負った胴体をメイ殿の方に拙者は向ける。呪文を唱え軽くメイ殿の手が光る。そうすると、不思議と胴の傷は塞がり、一緒に辺りにあった小さい凹みももとあったように戻った。
 なるほど、どうやらこの体は思いのほか便利にできているらしい。
 そうとわかればと、拙者はもう一箇所傷の深いところをメイ殿に見せた。同じように驚いていたメイ殿であったが、すぐさまそこにも回復の魔法をかけてくれた。
「しかしまぁ、これがドランが言ってた、頼まれごとなのかい?」
「あぁ。参ったよ、あんなに騒がしいなら、とうぶん子供はいらない……」
「ふぅん…… じゃぁ、眠らせといて正解だったかもね……」
 なんだか意味深な感じで俯く、メイ殿。なんだか、随分と深刻そうだ。
 大体の傷が癒えると拙者は立ち上がり、少し辺りを見回した。なんだか少し騒がしい、おまけに夜にしては妙に明るい。難民達をねぎらっているのか? いや、それにしては、随分と華やかさの無い騒がしさだ。
「何か? あったのか、メイ殿?」
「うん…… ドランの事なんだけどね…… とりあえず、この子達は私が何とかするから、ちょっと広場の方へ行ってくれない?」
 そう言って、メイ殿は子竜たちを胸に抱える。広場? 何か、揉め事でも起こっているのだろうか。確かに、明るさも広場の方からきているようだ。拙者はメイ殿にうなづくと、すぐさま歩き出した。
 家を何軒か越えると、次第にあたりが明るくなってきたのがわかる。肌色の木目を赤く染め上げゆらゆらと揺れる光…… 広場という場所を考えても、これは火でも焚いているのだろう。しかし、なぜ? 暖を取るにはこの辺りは、暑いくらいの気候だ。それに、満月の今夜は灯りなどいらぬほどに明るい。
 と、角を曲がった鉄仮面の目に広場の姿が見えてきた。確かに、火を焚いているのは間違いなかった。遠目に見ても、人々の囲むその真ん中にゆらゆらとゆらめく火の柱が見える。
 問題は、その火の柱の真ん中に、なにやら黒い物体があることだ。いや、あれは、物体ではない。人の形をした、岩石の様に大きいあれは……
「! ドラン!」
 炎の中に見覚えのある顔を見つけ、思わず拙者は駆け出していた。広場に突っ込み、周りに群がっているリザードマンたちを蹴散らすと燃え盛る火の柱に駆け寄る。炎が轟々と燃え盛る薪の囲いの中に、ドランはじっと目を瞑って座っていた。手や足には鉄の枷がかけられており、とても身動きが取れる状態ではない。
 戸惑っている暇は無い、すぐに助けねば。すぐさま炎の中に飛び込むと、薪を切り崩し中心のドランに近づく。持っていた剣でその枷を繋いでいる鎖を断ち切ると、懇親の力で拙者の何倍もあるドランを炎の中から押し出した。
 仰向けに倒れるドラン。どうやら、気を失っているだけで、まだ息はしている様だ。しかしながら、その体中にはおびただしい傷で溢れている。それは、剣の傷ではなく、まるで人の頭ほどもあるような岩をぶつけられたかのような、そんな傷だ。この旅の途中にいったい何があったというのか。いや、大体想像はつく……
「これは…… これは、いったいどういう事だ! 誰の指図でこの男をこんな目にあわせた!」
 やったのは、ドランに恨みのある難民達に違いない。必死で逃げている中、道を遮られたのだ、怒るのは仕方ない。
 しかしながら、これはあまりにもやり方が残酷すぎる。手足の自由を奪ったうえで生殺しなど、人道的やり方ではない。
 そしてなにより、自分達が死にそうな目にあっているというのに、曲がりなりにも仲間を殺そうとするなどとは、いったい何を考えているのだ。もちろん、ドランがやっていた事は竜の国では死罪に値することだったのかもしれない。だが、この危機的局面において、ドランの処刑がなぜ優先されなければいけないんだ。しかも、こんな悪趣味なやり方で。こういうときだからこそ、力をあわせるべきではないのか。
 拙者は怒りのままに、辺りのリザードマンたちを睨みつけた。すると、一斉に騒然となるリザードマンたち。自分達のやっていることがどういう事なのか、これでわかったとは到底思えないが、馬鹿げたことをしているという事はわかっただろう。
 と、騒然としているリザードマンたちの群れの中から、一匹の老いたリザードマンが歩みでてきた。格好やその振る舞い、周囲の反応を見る限り、どうやらこの難民達のまとめ役のようである。なるほど、どうやらこいつが首謀者というわけか……
「その方を処刑いたそうと申しましたのは、私でございます、鉄仮面様」
「貴様か! どういう了見だ、今は魔人が攻めてくる攻めて来ないという瀬戸際の時。だというのに、このような馬鹿げたことを、よくも思いついたものだな!」
「士気を高めるためにございます。こやつの様な不届き者は、このような有事にいたっては邪魔になるだけ。戦ともなれば、戒めを抜け出し我らに背後から襲ってくる事は間違いないでしょう。ともすれば、ここで後顧の憂いを絶ち民の士気を高められればと……」
「黙れ! そのような事は詭弁に過ぎん。この男が我らに牙をむくという根拠が何処にある! この男は山賊だが、少なくとも拙者との約束には素直に応じた。話せばわかる男だ」
 無論、襲ってくる可能性が無いわけではない。しかしながら、何故この場で殺す必要があるというのだ。まだお互い歩み寄るべき余地はあるというのに……
 そもそも、このドランはそこまでの悪人なのか? 山賊ではあるが、その一方であの子竜たちを養っても居た。拙者を脅した時も、いきなり殴りかかればいいものを、わざわざ魔人だと偽ってまで脅してきた。それは、単に楽に仕事が進むからかもしれない、しかしながらそれは裏を返せば、殺してまでそんなことしたくない、ということの表れではないのか。この者たちはその事を知って、それでもこのドランを殺そうというのか? 殺そうと言えるのか?「とにかく! 今のお前達では冷静な処断は下せんと見た。裁きは、この戦いが終わってから、然るべき手順を踏んで行うこととし、それまでこの男の身柄は、私が預かる。よいな!」
「…… 命の恩人である、鉄仮面様にそう言われては…… 所詮、ワシらは難民でございます、大人しく従いましょう」
「わかったなら、散れ! 早くせんか!」
 拙者に気圧されるように、バラバラと散っていくリザードマンたち。皆、どうにも居心地の悪そうな顔だ。その顔の中に、何人かドランに対して申し訳なさそうな顔をしている者も居たが、今の拙者にとってはそれすらも好意的に受け取る事はできなかった。なぜ、申し訳ないと思うのならば、このような暴挙を止めなかったのか。
 殆どのリザードマンたちが闇夜に消えていった後で、一人のリザードマンがいまだポツリと残っていた。それは、先ほど拙者の前に歩み出てきた老いたリザードマンだ。
「なんだ、貴様も早く散れ! 目障りだ」
「目障りだなどと…… 私めは竜の国の西の村の村長をしていました、ヴァールと申します。今回の我々難民を……」
「受け入れを決定したのはアル様だ、礼ならアル様に言え。今拙者は酷く不愉快な気分なのだ、斬り捨てられてたくなければ、さっさと立ち去れ」
「では、最後に一言。魔人が攻めてきた際には、どうか我々も戦陣にお加えください。きっと、お役に立って見せます」
「…… 考えておく。早く去れ! 去らぬか!」
 深々と辞儀をすると、ゆっくりとした足取りで闇夜に消えていくヴァール。
 酷い目に合い混乱しているとはいえ、仲間であるドランを殺そうとするような奴を、私は助けて良かったのだろうか……
 傷ついたドランを見下ろしながら、拙者は、なんだか酷く物悲しい気分になった。