竜の王と竜の姫 第二十二話


「まずはじめに…… 皆、勘違いしている事じゃが、ロゼ様は魔人ではない」
「? エルフの魔人って聞いたが、違うって言うのかい?」
「本来、魔人とはその強力な力ゆえに、獣や物と言った人外のものが人の形を模したものを言う。もとより、人の形であるエルフやドワーフ、人間においてはこれを魔人とは言わない」
 確かに老婆の言うとおりだ。元から人の形である人間が新たに人の形を取りようが無い。とすると、エルフの魔人というのは、定義から矛盾している。
「するってえと、ロゼは普通のエルフなのにも関わらず、魔人達がひしめくこの魔界を統一したって言うのか?」
「そう…… 生まれだけ見れば、あのお方はエルフの村のごく普通の夫婦の間に生まれた、ただのエルフじゃった。しかし、ロゼ様は、当時の魔人と互角に戦いうる、強大な魔力を持っておられた」
「…… どうやって? ただのエルフが、どうやったら国一つ簡単に覆すような魔人と戦える力を手に入れられるんだ」
「わからん。もって生まれたとしか言いようが無い。しかし、モンスターや獣の中に規格外の魔人が居るように、エルフや人間の中にも規格外といわれる存在が、稀に現れることは確かなのだ」
 そういうと老婆は首もとのペンダントを握り俯いて目を閉じた。
 魔人に匹敵する魔力を生まれながらに持っていた。なんとも、にわかには信じがたい話である。
 だが、魔人も強力な力故に人の形を取った物ならば、その力を生まれながらに持って生まれてくるものも居るだろう。だとすれば老婆が言ったように、ロゼという大魔王は生まれながらにしてエルフの規格外だったのだろう。
「ある日の事じゃ。我々エルフ達が住んでいた地域に小鬼の群れが現れた。奴らは知性の乏しい輩だが力だけ見れば小さい竜程度に匹敵する。我々の集落は徐々に徐々に侵略され、多くの村が焼け野原になった…… 小鬼達がある村に差し掛かろうとした時じゃ。戦禍を逃れるために女子供達を隣村に避難させる一隊を、あろうことか小鬼達が奇襲した。しかし、その大半の小鬼達がたった一人の少女の手により、魔法の力で反対に焼き殺された」
「それが、ロゼってことか?」
 目を開けずに老婆は、まるでまどろんでいるかの様にゆっくりと頷く。
「そこで、ロゼ様は自身の中に眠るとてつもない力にお気づきになられた。その後、小鬼達を駆逐するための軍隊を組織すると、ロゼ様は瞬く間にその地域の小鬼を、一匹も残さず殺した。そして、小鬼達の屍の山の上に城を立て、自らをエルフ族の守護者と称し、近隣のエルフ達を纏め上げ、国を打ち立てられたのだ」
「…… なるほどな。しかしまぁそうすると、ロゼがやったことってえのも、今俺様がやろうとしていることと、たいして変わりねえな」
「そうじゃて。お前さんが、得体の知れぬこととエルフでない事を除けば、だいたいの」
 そう言うとなんだか苦々しく笑う老婆。ノイ程ではないにしろ、この老婆もまた自分のような得体の知れない奴に、かつての主君の姿を重ねるのが、気に食わなかったのだろう。
 咳払いをして、俺様のほうを向く老婆。相変わらず首もとのペンダントをその皺の入った手でなでながら、老婆は口を開く。
「その後は転戦の繰り返しじゃったよ。自国を侵すモンスターを駆逐し領土を切り開き、弱小種族であるエルフ族を侮る国々と戦い、他の少数部族を国に取り込み…… 気づけば、ロゼ様と我々エルフ族はこの魔界を統一していた」
「おいおい、幾らなんでも端折りすぎてないか? 魔人との戦いとか、そういうの」
「今とは勢力図が違うからの、言うたところできっと分からんよ。それに、当時は今ほど種族ごとではっきりとした住み分けができておらんでのう。近隣の種族ごとで集まったところで、その規模は小国が精々。その為に魔界中に小国が群立しておる状態じゃったのだ。そんな時の国盗り話を聞いたところで、大国が魔界を四分していると言っていいこの時勢に、役に立つわけなかろう」
「いやまぁ…… そりゃそうだけどよう。けど、当時から魔人は居たわけなんだろう。それじゃぁ、そいつらにはどうやって勝ったんだよ」
「単純に一騎打ちじゃよ。先ほども言ったように、ロゼ様は魔人と互角に戦うに足る魔力をお持ちだった。いや、魔力だけに関して言えば、当時の魔人でロゼ様に勝てる者また匹敵する者はまず居なかった…… もっとも、無意味な殺戮は好まぬお方であられたから、兵に対しては我らをあて、双方被害が最小となる戦をいつもしておられたがの」
 敵国を併呑した後はその兵は自分のものになるのだ、被害を最小限に抑えるというのは、理にかなっている。こと、戦局の長引かないと考える小国相手の戦い方としては、有効な戦略だとアルも考える。
 しかし、なかなか実践できるような事ではない。敵の魔人と一騎打ちに持ち込むことも、敵味方双方の被害を最小に抑える事もだ。相当に、大魔王ロゼはその魔力もさることながら、頭の切れるエルフであったのだろう。もしくは、その周りに優秀な人材が集まっていたのか。はたまた、その両方。
「凄い女だな、まったく。あの時見た感じじゃ、そんな風にはとても見えなかったが」
「苛烈なお方じゃったよ。理想と信念の為に己の身を削り、それでいて総て自分で抱え込もうとしていらっしゃった。家臣からしてみれば歯がゆかったが、それ故にあのお方に惹かれていたとも、今となっては思えてくる」
 ふっとため息をつくと、老婆はまた目を瞑る。一呼吸置き、しみじみとそのペンダントを首からはずすと、俺様の方に向かってそれを放り投げる。
 木漏れ日を浴びて星の様に瞬くペンダント。それは、俺様の手が作り出した大きな受け皿の中に、まるで流星の様にそれは流れ込んだ。
 羽根型をした美しい銀細工。
「ある時…… そう、この魔界を統一しかけた時のことだ。あのお方は側近のワシにこう言った。『この魔界を統一する事が、この混沌の時代に終焉をもたらし、永き平和へと導くただ一つの手段であるならば…… ただ人々の安息を得るために生まれ持ったと思っていた私の力は、その為にあったのかもしれない』と」
「あ……」
 この老婆と俺様が最初に出会ったときのことを思い出す。なるほど、あの時から、俺様はこの老婆に試されていたという事か。
「アル様よ…… ワシは、貴方があの時、ワシらエルフの民の為に立ってくれたことを本当にうれしく思っているのじゃよ。貴方は、間違いなく、ロゼ様の意思を継ぐものじゃ……」