竜の王と竜の姫 第九話


 魔法の手前大人しく椅子に座るアル。それを囲むようにエルフが三人。
 正面の椅子に陣取るのはノイ。どうやら、この中のリーダーはこのノイという女エルフらしい。さて何からはじめようかといった具合に、先ほどからぺらぺらと魔導書をめくっている。
「不服?」
「別に。尋問するのに拘束するのは仕方ないことだろ。それにあんたらには、命まで取る気がねえって感じだし。そっちの細い男を除いて」
「そう。意外とまともな思考を持っているのね。安心したわ」
「心外だな、僕がそんな暴力的な人間に見えるのかい?」
「あ〜、暴力的って言うか、周りが見えてないって言うか」
 この手の男とは、自分の興味本位で何かをやらかしかねない。それこそ、アルの体を調べると証して、独占欲に駆られ標本として殺そうとしかねない。悪い人間ではないが危険な人間というのはこの世に存在して、そしてアルは今目の前にいる奴は間違いなくその気があると直感したのだ。
 困った顔をするアルに、口元を吊り上げたのはバル。無愛想な男のように見えた、褐色白髪のエルフは、腕を組むと静かに口を開いた。
「安心しろ。この雷には俺達も触れられない。お前の身をウィンから守ってくれる」
「なんだいバル。その言い草は」
「ははは。どうやら、あんたとは多少話せそうだな、バル」
「俺達は誇り高きエルフの騎士の部族だ。強い者には敬意を払う。見ただけでわかる。お前は強い。俺よりも、そこにいるブラウンよりも、ここにいる誰よりも強い。大魔王を自称するだけはある」
 笑うアルにつられるようにバルも表情を崩す。どうやら、見た目よりもこのエルフは堅物ではなさそうだ。
 同じく、ウィンという奴も、危険な奴には変わりないが、あまり小うるさそうな感じではない。というよりも、統治自体にあまり興味が無いといった方が正しい。それで、代表が務まるのかは甚だ疑問だが、おそらく東区がそれだけ平和ということなのだろう。
 すると問題はこの真ん中に陣取るリーダー。ノイと呼ばれた魔法使いだ。
 どうやらこの女が今回の事の発端であるらしい。大方、バルとウィンは言いくるめられて連れてこられただけで、アルの西区代表就任に納得がいってないのはこの女だけ、という感じがする。
 カマをかけてみるか。アルがにやりとその口元を歪めた。
「そうか、見ただけでわかるほど強いか! まぁこう見えて、俺様は大魔王だからな、にじみ出る貫禄といったところか」
 アルの思惑通り、その場に居合わせた男達はガハハとアルの本気半分の冗談に笑っている。不愉快そうなのは、唯一ノイだけだ。
 ローブの中で舌をうつノイ。いったい、アルの何が気に入らないのか。憎憎しそうに、アルの前に手を翳すと、なにやら呪文を唱え始めた。 
「前の東区の村長も、随分とふてぶてしい男だったけど…… どうやらこれは、東区の気風か何かかしら」
「おいおい、その前の村長前にして言うことかよ、ノイ」
「私としては、貴方の跡を継ぐのはメイだとばかり思っていましたからね。納得いかないんですよ」
「親の俺が良いって言ってんだから、それで良いじゃねえかよ。まったく、親馬鹿ならぬ弟子馬鹿だな」
 弟子。なるほど、それで合点がいったと、アル。
 どうにもノイの使う魔法に既視感があると思ったら、どうやらこの女はメイの師匠らしい。それで、自慢の弟子の将来が、簡単にアルの手に渡ってしまったことに納得がいかないのだ。要は、ブラウンの言うとおり、親馬鹿ならぬ弟子馬鹿心でアルに文句を垂れに来たということだ。
 だとすると、少し参った。道理の通じる相手ならまだしも、意固な女は一筋縄とはいかない。なまじ冷静を装っているのに限って、蛇の様にしつこい。
 どうやら、この尋問は長くなりそうだと、アルはまたため息をついた。
「おいおい、幾ら俺が大魔王とはいえ、痛いもんは痛いんだぞ?」
「別に攻撃しようって訳じゃありません。その大魔王っていう化けの皮ごと、貴方の過去を洗い出すだけです」
「何?」
「ちまちまと尋問しても全て嘘なら意味が無いですからね。手っ取り早く裏を取らせていただきます」
 大魔王という化けの皮ごと洗い出す?
 確かに、自分が大魔王であるかという確信は無いし、証拠も無い。だが同時に、それが間違いであるという証拠も無いのだ。何せ、自分の記憶は、霧の様に霧散し頭の中に無いのだから。
 などと考えているアルの前にうっすらと何かが形成される。それは、随分と薄い黒色の石版。アルの目の前の卓上に置かれている書類と同じ、綺麗な長方形の石版が浮かび上がる。見れば右上隅には、アルの顔が彫られている。
「これは?」
 不思議そうに石版を見つめながら、アルはノイに問う。にやりと、ノイがローブの下から笑顔をこぼした。
「ヒストリの魔法ですよ。貴方が今までどのように生きてきたかが、この石版に筆記されます。そう、貴方がどこから来て、何をしようとしているのか、全て」
 アルの顔が張ったように引き締まる。
 それは…… つまり。
 いや、まさか。確かに自分が大魔王でなかったら、それは嘘つきになってしまうかも知れないが。それでも、いや、そんなことより……
「俺の過去がわかるって事か!?」
「そういうことです」
 何と言うことだ。そんな魔法があるだなんて、メイの奴は一言も言わなかった。やはり、メイの師匠だけはある。いや、そんな風に感心している場合ではない。
 自分がいったい何者であるかが判るかもしれないのだ。今の状況は決して喜ばしいものではないが、記憶の無い自分が何者か知れるということは、記憶を取り戻す糸口に他ならない。これが、喜ばずにいられるか。
 緊張し息を呑むアルの目の前に、ゴトリと重い音を立てて石版が落ちる。すぐさま拾おうとしたアルよりも早く、石版をひょいと拾い上げる。
「あ! てめぇ、何しやがる! 返せ、それを返しやがれ!」
「私が魔法で出したというのに、返せも何も無いでしょう。さ、正体を暴かせていただきますよ、大魔王様?」
 憤慨したアルを一瞥すると、ノイは興味なさげに石版に目をやる。
 が、すぐに、ノイの目の色が変わる。
「なに…… これ……」
 信じられないといった感じに目を見開くノイ。同じく石版を覗き込んで、顔をしかめるバルとウィン。そのノイのうろたえに、もっとも驚いたのは、ほかでもないアルだ。
「何だ! いったい、何が書いてあるんだ!」
「貴方…… いったい、何者?」
 不安な顔をするアルに向けられた石版には、大きな文字で「情報化不可能 規格外生命体」と記されていた。


 ほっぺたを膨らませて鉄仮面パーティーの先陣を歩くちぃ。それに一歩遅れて、申し訳なさそうに続く鉄仮面。その後ろにぴったりとくっつく形でフィルが続く。
 あの後、フィルは取ってきた薬草で、クトゥラにひととおりの応急処置を終えた後、鉄仮面たちにアルの所に連れて行って欲しいと話を切り出した。
 アルの前でなければ、何故自分がこの村までやってきたのかについては語れないというのだ。
 鉄仮面としては、最初は自分一人でどうにかしようと思っていたのだが、彼女があまりにしつこいのでついに根負けした。
 とまぁ、そういう経緯で、こうして三人で仲良く西の村へと向かっているのだ。
「もう! しっかりもってて言ったのに、なんでリンゴ落としちゃうの! お兄ちゃんのバカァ!」
「ちぃ殿、いや、あの時は拙者もいっぱいいっぱいでして……」
「しらない! あとでパァパに言いつけるんだから! ぷぅんだ!」
 いっこうに怒りを納めないちぃに鉄仮面はため息をつく。ちぃを守るためとはいえ、リンゴをぶちまけてしまったのは自分なのだ。責を負うのはしかたが無い。
 クトゥラの居た場所から道へと向かう途中、放り投げっぱなしになっていた籠を拾い上げた鉄仮面とちぃ。だが、転がる籠の中に残っていたリンゴは収穫した半分も無く、ちぃは酷くがっかりした。もちろん、鉄仮面も弁明したが、実際ちぃが言ったとおり危険なことは無かったので、ちぃの機嫌は治らない。更に失言が続き、結果的にちぃをムキにさせてしまい、さらに状況は悪化。それで、帰りの道中ちぃはずっとこの調子なのだ。
「とほほ…… 拙者は、ちぃ殿を守ろうとしただけなのに。あんまりだ……」
 鉄仮面の背中に哀愁が漂う。小さいながらも自分の主君の娘、言ってしまえばもう一人の主君である。その主君を怒らせたのだ。へこまないわけが無い。
 とぼとぼと力なく下を向く鉄仮面。見かねて、フィルが声をかけた。
「そ、その。元気出してください、黒いお兄様!」
「く、黒いお兄様?」
「いえ、あの。何と言うか、やっぱりそっくりなので……」
 迷惑だろうかという感じに、上目遣いで恥ずかしそうに鉄仮面を見上げるフィル。
 そういう目で見られるとかなわない。どうにも、自分は女に弱いというか、人に優しすぎるというか。そんなことを思いながら、鉄仮面はまたため息をつく。
「…… まぁ、拙者は何と呼ばれても構わんが……」
「そ、そうですか」
 むぅ、なんだか少しむず痒い。同じ様にちぃも兄と自分を呼ぶというのに、こうも人によって受ける印象が違うのか。
 気恥ずかしくて、鉄仮面はそのほほを少し赤く染める。少し元気が出たのか、もたげていた首も元に戻り、肩も横一文字につりあがった。
「ありがとう、心遣い、感謝するよフィル殿」
「いえ、そんな。お兄様のお役に立てれば何よりです」
 と、そんな三人の道の先に、何やら人影が見える。身長や、遠目から見た服装から、どうやら老人のようだ。道端の岩に座り込んで、一息ついているといった感じだ。
 だが、旅人というには、随分軽装に思える。まるで、そう、旅に必要な荷物が見当たらない。
「? お兄ちゃん。あれ」
「こんな山奥に珍しいな」
 これでも、リンゴを取りに随分と奥まったところまで来ている。エルフの集落は随分先だ。それに、こんなところに人が住んでいるという話は聞いていない。
「なんだか、こまってるみたいだね……」
「そのようですが…… って、ちぃ殿! また、そんな一人で」
 いうや否や、とてとてと駆けていくちぃ。それを追うように鉄仮面、更にそれを追ってフィルが石の上で休む老人に駆け寄った。