竜の王と竜の姫 第八話


「おぅ、アル。お勤め、ご苦労さん!」
 大量に積まれた書類の中で死んでいたアルは、そのムカつくほどに陽気な挨拶に眉をひそめて体を起こす。何せ、やってきたのが自分にこの厄介な仕事を押し付けた元村長なのだ、無理も無い。
「ブラウン! てめぇ、簡単な仕事だとか言っといて、何だよこれは」
「いや〜、なに。慣れればすぐだって、すぐ」
「慣れればってなぁ!」
 次の言葉を言いかけてアルは黙り込む。いや、言いかけてというより、考えかけてというのが正解だ。
 ブラウンに村長職を譲られて、二言三言でOKしたのは他ならぬアルである。別にいやいややり始めたわけでもないし、むしろ使命感に燃えて快諾した手前、文句をたれるのはお門違いもいいところである。
 とどのつまり、ブラウンの言うとおり、慣れるまで我慢するしかないのだ。
 それでもやりきれない憤りをため息で吐き出して、アルはどっしりとその平面な腰を椅子に落とした。
「まったく、いいよなお前は。朝、鉄仮面と手合わせするだけで、後は日がな一日のんびりできるんだから」
 皮肉そうに平らな顔に描かれた目の線が曲がる。
 が、この手の皮肉が通じるような男で村長が務まるわけがない。元村長ブラウンもしかり。ガハハと下品に笑い飛ばす。
 アルがまたため息をこぼす。
「んで、何のようだよブラウン? 鉄仮面探してるなら、しばらく帰ってこねえぞ」
「んにゃ、今日はお前さんに用があるんだ」
「…… お前が、俺様に?」
 少し考えるように唸ったブラウン。その後ろ、先ほど自分が入ってきた村長部屋の入り口付近に目をやると、ぐっと親指で後ろを指した。
「どっちかっていうと、あいつ等がかな?」
 キョトンとするアルの視線の先。入り口からわらわらと数名のエルフ達が現れる。
 どれも、アルの村のエルフではない。というのも、どれもこれも、特徴的な格好をしているからだ。
 一人は、いかにも屈強な戦士という姿の大男。エルフとはとても思えないはちきれんばかりの褐色の筋肉。そして、頭に巻いたバンダナが特徴的だ。
 一人は、黒いローブをまとった女らしきエルフ。その黒いローブとは裏腹に、その肌は透き通るように白い。
 最後の一人は少し間の抜けた学者風のエルフで、まるでこちらを物珍しいものを見るような目で見つめてくる。
「何だ? 誰だ、こいつら?」
「紹介するよ。こっちのでっかいのがバル。ローブ被ってのがノイ。どんくさそうなのが、ウィンキー」
「いや、名前とかはどうだってよくてだな」
「いえいえ、名前は大切ですよ、アルさん! 名前が無かったら、私達はどうやって相手を識別するんですか」
 そう言って颯爽とアルの前に進み出てきたのは、ウィンキー。
 妙にしげしげとアルの体を嘗め回すように見定めると、にっこりと笑って手を差し出す。
「東村のウィンキーです。どうぞよろしく」
「よ、よろしく」
「いやー、それにしても凄いですね。本当に体が影でできていらっしゃる。いったいこれはどういう経緯で?」
 どういう経緯といわれても。記憶が無いからなんとも言えない。
「やめろ、ウィン。人の体をとやかく言うのは」
「しかしねぇ、バル。こう一人の学者として、こういうものを見せられては……」
「そうやって、興味のある物を前にするとモラルがなくなるのは悪い癖よ、ウィン」
 こっちの気持ちを察してくれたのか、残り二人が思わぬ助け舟を出してくれた。ほっと肩を撫で下ろすアル。と、その前にウィンキーと同じく手を差し出す、二人。
「北のバル」
「エルフ自治領南区村長のノイです。新しい西区の村長さん」
「あぁ、丁寧にどうも…… って、そうか、あんたら」
「そうだ。エルフ自治領内の四大村長だよ」
 村長職を受け継ぐとき話には聞いていた。
 広大なエルフ自治領には様々な部族が点在して住んでおり、その中でも特に大きな四部族が協力して自治領の統制を取っていると。そして、その一角の西区がブラウンやメイの部族であると。
「はぁ、ご丁寧にこりゃどうも。しかしまぁ、新しい村長への挨拶のためとはいえ、自分達の受け持ちほったらかして出てきて良いのかい? 別にこっちは、手紙での挨拶とかでもいっこうかまわねえのに」
「もちろん。挨拶だけなら、ここまでわざわざ足を運びませんよ」
 ニコニコと笑うウィンキー。なんだか、嫌な予感がする。
 と、少し身構えたアルを、高速で回転する何かが一瞬にして包み込んだ。
「これは…… 雷? なんだ? いったい、お前らどういうつもりだ?」
 申し訳なさそうに笑いながら前に出ようとしたブラウンを手で制し、ノイがその唇を震わす。ローブの下から垣間見えるのは、メイが持っていたのに似た魔導書。どうやら、この女がこの呪文を詠唱したらしい。
「新しい村長アル…… 私達は判断しに来たのですよ。貴方が、このエルフ自治領を、任せるに足る人物かどうか」
「はぁ。またどうしてそんなまどろっこしいことをしに」
「エルフ自治領は長い間、エルフ達の手により管理されてきました。周辺の魔人やアンデット、妖怪や獣人達の手を借りずにね」
「先魔王ロゼが倒れられてからずっと、ここは俺達の手によって守ってきた」
「だからよ。どうしても、部外者のお前が村長ってことが認められないらしいんだわ、こいつら」
 ボリボリと、あいかわらず申し訳なさ半分な顔をして頭を掻いているブラウン。
 そんなブラウンを見つめて、それなら仕方ないかとまたため息をつく、アル。
「で、まぁそれはよくわかったんだが…… とりあえず、仕事終わってからにしてくんない?」
 まだ山積みの書類の山を指差して、力なくアルは笑った。