第三話「三つ三日月禿がある」


 「……む〜、もうにぼしは食べられないですよ〜 ムニャムニャ」
 真っ白に仕上げられ、いつでも乙女の純潔で赤く染め上げる準備万全のシーツに、よだれで世界地図を描いているクロ。人間で言えば、やせている部類に入るのだろうが、こいつが動いているところなど俺は未だかつて見たことがない。
 小説を読むのをやめ、クロを見ながらなんてことを思っていると、クロがくるりと寝返る代わりに体を丸め黒まりもと化した。まったく、誰に似てこんなグータラに育ったのか。少なくとも育てた俺に過失は無いはずなので、クロの親かはたまた血の影響であることは間違いないだろう。
 なんにせよ、この馬鹿猫で俺の望みを満たすことはできそうにない。何より、こいつはオス、別の時点でアウト。事実は小説より奇なりというなら、小説と同じような出来事が現実でも合って良いだろうに。
 まぁ、よく見れば随分と整った顔をしている。おそらく、猫界ではアイドルになれるであろう逸材なのは認めよう。だがしかしだ、幾ら女装しようと男は男。猫ならメスの服着せりゃメスっぽく見えるが、人間はそうはいかない。化粧とか整形とかしない限り、ナチュラルビューティで女っぽく見えるだなんて、それは漫画の中だけの話だ。それにどんなに外見をごまかしても、下にはついているのだ。
 「むぅ、擬人化したらどうなるか……」
 黒髪、ボーイッシュな感じの中性的なイメージが、俺の心の草原を駆けまわる。白ラインのスポーツパンツに、タンクトップ。健康的な小麦色の肌と、カモシカのように細い足。華奢な体つきに、くっきりと浮き出た鎖骨。
 そこまで考えて股間のふくらみにふと、妄想の中で一緒に草原を駆け回っていた俺が気づく。冷や汗と寒気がサッと俺の肌を伝わり、頭の中のイメージを払拭する。
 「むぅいかん、危うく違う世界に目覚めてしまい、おちんちんランドの入国許可証を発行されてしまう所だった」
 とはいえ、高ぶった心はそうそう簡単に戻らない。現に俺の鼓動は高鳴り、鼻息にクロの毛並みがゆれ。いつのまにかタイトになっていたジーンズに、ねじ込んだ俺の息子で股間がはちきれんばかりだ。まったく俺の健全な想像力をこんな風にかきたてるとは、けしからん。
 それにしても、この愚息をどうしてくれよう。暴発寸前とまで入っていないが、折角エネルギー充填完了しているソーラー・レイを撃たない手は無いのではないか。前方にデギンとレビルは居ないが。いや、まぁ居るには居るが、足が一本多いというか何というか。
 いっそジオングのごとく、きっぱり足が無かったら萌えられるのになぁと、俺の脳裏を
 「……不本意だが俺の愚息を鎮めるとするか。擬人化がありなら、女体化もありのはず。うむ、いたって健全!!」
 確かそういうアニメもあったしな。内容的には百合だったが。
 そんなことを思いながらベルトとファスナーをガチャガチャやっていると、食い意地の張った夢の中でアバンチュール中だったクロの目が、ゆっくりと開いた。当然、下半身を露出して、食い入るようにクロの顔を覗き込んでいる俺の姿が、その瞳に映る。
 「……」
 「……」
 流石にまずいかなと思った瞬間、クロの瞳に映った俺の頬を一滴の汗が伝った。それと、同時に、叫び声の効果音と共に、強烈な一撃が閃光かと見まごう速さで俺の顔面に叩き込まれた。
 「なななな、なんですかご主人様!! いきなりドアップで現れるから、化け物かと思ったですよ」
 片手で引っかかれた顔を抑えつつ、指の隙間からクロを睨む。寝ていたところから後方に飛びのき壁に接してこちらを威嚇するクロ。携帯のアンテナよろしくまっすぐに立てられたクロの尻尾とは裏腹に、俺の前にある尻尾は一瞬のうちに圏外状態だ。
 「むぅ、起きて早々そのご主人様に暴力エンド暴言とは……」
 「ご主人様なら、人間にやっても同じような目にあうと思うですよ」
 「やっぱりお前自分の立場分かってないだろ」
 寝ていた時の表情からは思いも寄せないこの暴力性。本題に戻ろう。やはり、こいつには無理だ。俺が楽しくないのもいざ知らず、仮に俺達の日常が本になったとして、この猫がマスコットキャラクターでは萌えられない。
 指先が少々血塗れた手を顔からどける。未だ俺の腹のそこが分からないのか、壁際で俺を威嚇とまではいかないが警戒しながら見つめてくるクロ。日ごろのこういう態度も含め、この糞猫には一度びしっと言ってやるべきなのかもしれない。
 「朝っぱらから飼い猫の顔を嘗め回す理由はなんなんですか。は、まさか僕に欲情…… ケ、ケダモノ!!」
 「誰が貴様などに欲情するか、この糞ネコめ!!」
 決定、びしっとどころか泣くまで言ってやろう。切々とお前がいかにマスコットキャラクターとして役不足であるかをじっくりと。言うに事欠いて主人をケダモノとは、流石に温厚の俺も怒髪点だ。まぁ言っていることは、少なからず近いところはついているような気がするが、ちんこしごいてないから、セーフだろう。むしろ擬人化だし、暴言はかれてちんこ萎えたし。結論、欲情はしていない。だから怒ってOK。
 それにしても、愛玩動物の癖にこの愛想のなさというか、生意気具合は果たしてどうなのか。思うに、この糞猫のこの生意気なところは、唯の奴に似たのだろう。あいつも本来なら萌えの対象である属性を持っているくせに、全然それを有効活用しきれていない辺り、こいつと一緒に注意してやる必要があるのかもしれない、俺の根性注入棒で。
 「クロ、怒らないからちょっとこっち来い」
 「そんな血管浮き出た笑顔で言われても説得力無いです」
 めいっぱいの笑顔を作ったつもりだったが、やはりポーカーフェイスとはいかなかったか。
 一瞬怪訝な顔をしながらも、恐る恐るこちらに近づいてきたクロを抱き上げると、今度は引っかかれないように適度な距離を保ちつつ、面前へとつれてくる。一向表情を崩さず、一滴の汗を流しながら、クロは正視に耐えかねるといった感じで目を細める。
 「いいかクロ、ここ数年のベッドの上でのぬくぬくとした生活でお前は忘れたのかもしれんが、もう一度良く考えてみろ、俺は誰でお前は誰だ?」
 クロが表情を崩さないのに相対し、満面の笑みでこちらは言ってやる。ツツと、もう一滴クロの肌を汗が伝った。いっそう目を細め、その少ない脳みそをフル回転させてうなるクロ。
 「第一部で言うなら、ジョナサンとダニーの関係かと」
 「そうか、そんなに箱詰めにされ焼却炉に放り込まれたいのか」
 「うそうそ、ジョークです。ホンマ、スイマセン」
 誰が漫画のキャラクターに例えろと言ったか。本気で箱に詰める他に、いろいろとしてやろうかと、ますます俺の眉間の皺を増やしてくれる発言をかますクロ。つうか、どこでそんなネタ覚えてきたのかはなはだ疑問である。今ので状況が、ペットショップのテリトリーに入ったイギーになったということに、クロの奴は気づいているのか。たぶん気づいていないのだろう。
 低く永いため息をつくと、もう一度俺はクロに微笑みかける。それで、流石に先ほどの発言がどういう方向に状況を進展させたかを感じたのか、クロの顔が微妙に引きつり微妙な半笑いに変わる。
 「あんまふざけてる様だと、焼却炉はないにしろ道端あたりに捨てるぞ」
 「わかってるですよ。ご主人様はご主人様、僕はご主人様の可愛い飼い猫です」
 何が可愛いかこの糞猫が。更に俺の神経を逆なでしてくれたこの猫をとりあえず、ベットの上におろすと。改めて二回目の深いため息を俺はついた。所詮は動物ということか。
 「やはり自覚ゼロか…… まぁ、動物の分際で自分が何者であるかを自覚することなど無理な話だな」
 「生殖本能に忠実なケダモノのご主人様に言われたくないです」
 「ふ、あれは人を愛する為の予行練習だ。お前達にはその違いが」
 「いいかげんそこらで黙るです」
 何がそこら辺で黙るのか。まったくこいつは人を怒らせる天才だな。思わず某格闘漫画で呼んだ破壊力の公式を思い出して、めいっぱいこぶしを握り締めてしまった。体重は申し分ないので、後はスピードだけだ。
 が、流石に暴力はまずかろうと、はやる右手をなだめすかし俺は眉間に指を持っていく。
 「分かった、クロ…… どうやら、本気で忘れたようだな。ならいい、忘れたなら思い出させてやるのみ!!」
 指先で岩でも砕かんがごとく、クロの目前にびしりと右指を突き出す。この猫にはこれくらい力強く言ってやらねば分からんだろう。つうか、これくらいで言ってやらねば、俺の気が済まない。
 「良いか、俺は魔法使い。もし俺が女の子だったら魔女っ娘!! そして、お前はその魔法使いの使い魔。俺が女の子ならマスコットキャラクターもしくはサポーターだ!! なのにどうだ、お前ときたら。俺にかいがいしく仕えるでもなく、ベッドの上で毒づくばかり!!」
 目を丸くして放心状態のクロ。だが、まだまだこんなものではない。俺のクロに対する、長年に渡る不満はいまここに、極まっているのだ。
 「擬人化して読者サービスするでもない。かわいこぶりっ子してアピールするでもない。しゃべることしかできないお前の何所がマスコットキャラクターか!!」
 「……え〜、あ〜。つまり、三行で言うと?」
 「三行もいらんが、あえて言ってやろう。
 おまえは、
 マスコットキャラクターを、
 クビだ!!」
 ビシリとクロを力強く指差す。快感だ、まるで一仕事、主にオナニーを終えた後のような爽快感だ。ほんの少しの間にかいた汗が、すっと大気に熱を逃がしなんとも心地よい。オナニーで思ったのだが、やはり何事も我慢のしすぎは体に悪いのだと思う。定期的に、できればこまめにこうして発散するのが正しいのだろう。
 「今日からお前はただの我が家のしゃべる飼い猫だ。そして、かわいい女の子に擬人化するような、新しいマスコットキャラクターを俺が直々に探しだしてくれるわ」
 なんとも沈痛な面持ちのクロ。身から出たさびとは言え仕方あるまい。まぁ、今後の行動によっては復活も考えてやらんではないが、オスという需要のない属性をいかにカバーできるかが今後の課題であろう。
 「……言いたいことは色々あるですが、いったいどんなエロゲに感化されたですか?」
 「おいおい、何を馬鹿な。ゲーム如きに感化されるような俺ではないわ。むむぅ、まぁ、しいて言うならその小説かな」
 「大きさからして、見るからに、ライトノベルか官能小説だろ」
 クロを抱きかかえる時に、ベッドの傍らに置いた単行本を拾い掲げる俺に、無碍も無く言い放つクロ。まったく、ちっとも口の減らん奴だと、ここまで来ると感心してしまう。とりあえず、さっきの発言で復活が一年延びたのは言うまでもない。口は災いの元だということを、少し身で知れば多少は口調もマイルドになるだろう。
 しかしまぁ、この高尚な文学書をライトノベルと吐き捨てるとは見る目がない。まぁ、確かに多少薄くて、表紙に萌え系の絵が載ってて、文章に空白も多いが、書いてあることは実に心をうつ言葉ばかりだ。特に、引きこもりになりかけた主人公を、銃の擬人化ヒロインのシャーリーンが、体を使って慰めるシーンは、感動して俺の股間の息子まで涙を流す程なのだ。こんな名作は今世紀中にまたと出会えないだろう。普段小説など読まない俺が言うのだから間違いない。
 「…… まぁ、ご主人様が痛々しいのは前々からのことだからおいといて、ようはかわいい女の子に擬人化するようなそういうキャラクターがほしいのですね」
 「まぁ、かいつまんで言えばそういうことだ」
 「けど、それだったらマスコット云々の前に、僕が女の子に擬人化すれば良いだけじゃないですか?」
 「おいおいクロ、貴様『僕』とか言ってるオス、人間で言うところの男だろう。俺にそんな趣味は無いし、まして姿かたちが違うとはいえ、それじゃ獣姦になっちゃうじゃないか。道具使ったオナニーはできても、そんな反道徳的なこと、俺には到底できないよ」
 「あぁ、なるほど、ご主人様の変態ぶりに、うろこと一緒に反吐がでたです」


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 「で、本気でやるですか、ご主人様?」

 「当たり前だろう、クロ。俺はやるといったらやる男。そして、不可能を可能にする男だ。そう、この俺の圧倒的魔力の前に、不可能な事などありはせぬのだ!!」

 伊達に毎日限界まで魔力を消費して、レベルアップをこなしているわけではない。今や某RPGで言えば職業レベルは100といってもいいだろう。もし百年後、この地で聖杯をめぐる戦争が起きたとすると、呼び出されるのはまず間違いないレベルだ。そんな俺様に、擬人化の魔法など他愛も無い。

 「だったら、生身の彼女を作れば……」

 「ふ、馬鹿め!! 魔法の力で、人の心をどうこうしようなどと…… 魔法使いとしての腕の前に、人としてできるわけ無いだろう、そんなこと」

 「素直にできねえっていえよ、このヘタレ野郎」

 グサリと胸に矢が刺さるような痛みが走る。まったく、この馬鹿猫は、どこまで俺を悩ませれば気が済むのか。やはり三味線にしてやろうか。まぁ、こんな生意気な口も、自分の存在が霞むような相手が現れれば、多少なりともあらたまるであろう。もう遅いが。

 「ふむ、まぁいい。とにかく、クロよ、そこで見ているが良い。貴様が何もせずにぬくぬくとキープしていたポジションが、ポッと出のキャラクターにあっさりと奪われる様をな!!」

 漫画で言うならば、効果線が俺の指先とクロを包み込まんばかりに、俺はクロを力強く指差す。今は俺にここまで言われてもキョトンとして呆けていられるだろうが、後悔先に立たずとは先人の言葉。新しいマスコットが現れれば、自分のおかれた立場を後悔するだろう。そう、今日からベッドの上は俺の新マスコットの寝床。貴様は俺のベッドの下で、座布団を枕代わりに涙で濡らすがいいわ。

 「僕がマスコットキャラクターのポジションをキープしてたかはさておいて。結局、何を擬人化するですか?」

 「!!!」

 むぅ。言われてみれば、これといって考えていなかった。確かに、このクロを擬人化すれば男になるのは明瞭だが、はたしてそこら辺にあるものが、擬人化して果たして女になるというのか。

 「その顔だと、何も考えてなかったようですね」

 「む、そ、そんなことは無いぞ…… 俺がそんなあてずっぽうでこのようなことをするなんて、あるわけが……」

 「じゃぁ、何を擬人化するのか、早くみせてほしいです」

 くっ、本当にこいつは、俺の痛いところをズバズバと。しかしまぁ、何分考えていないので言葉が詰まる。それに加えて、適当な物を選んだら、それこそ目も当てられないのが出てきかねんかもしれん。そもそも、擬人化の魔法というのは、あるものを人間の姿に変えるというだけの単純な魔法。性別の概念が無い物にかければ、どうなるかはわからん。というか、そもそも、人間の姿になったところで、意思があるのかも怪しい。いや、意思に関しては、九十九の法・もしくは式神憑依で何とかなるかもしれない。しかし、どちらも俺のもっぱら得意とする魔法というよりは、術の類の代物だ。ブラックボックス化された魔法とはことなり、術の類は始めて使うには準備に時間がかかる。とんだところで、計画頓挫の危機。いや、今はそんなことよりも、まずは擬人化の魔法をかける対象だ。どうする、俺。

 と、そのとき、ふと窓の向こうに綺麗に咲いた花を見つける。アレは確か、桜? いや、梅だったか。うむ、そんなことはどうでも良い。そうだあれだよ、そんな言葉と共に俺の脳裏に電撃が走る。

 「あ、あれだ!! アレを見ろ、クロ?」

 「? 庭の桜? まさかアレを擬人化するですか?」

 むぅ、桜だったのか。そろそろ五月になろうというこの時期に、まだ咲いているというのもなんだかご都合主義な感じだが、とりあえず咲いていてくれて助かった。

 「そうだ、桜だよ。桜といえばこう、可憐な女性のような、そう純日本な感じのイメージがあるじゃないか」

 我ながら名案である。まぁ、生き物といわれればそうかもしれないが、モノと言えなくも無い。何せ紙のもとなのだ、そんなこといっていたら、毎晩の日課もこなせなくなってしまうし、穴もふけなくなってしまう。うむ、倫理的にはギリギリオーケー。そして、あのように可憐に咲く花が、女でないはずが無い。

 「はぁ。まぁ確かにそういうイメージはありますが」

 「そうだろう、そうだろう。それに有料地上波で、アレの名前がタイトルのアニメもやっていたしな。きっと、ヤマトナデシコでなかったとしても、はにゃ〜んとかそういうのだ。うむ」

 人様から金とって放送しているのだ、そんな国営放送まがいの放送局が嘘をつくはずなど無かろう。むぅ、しかし困った、もし出てきたのがそっちだったら、どうしてくれよう。残念ながら俺にはそっちの趣味はない、百歩譲って、今でも一部のコアな格闘ゲーマーに愛されてるほうが出てきてくれればまだ大丈夫だが。いや、日本の法律に照らし合わせれば、あれも一応アウトだよな。愛とか恋とかそういうのが無いと、一方的に男は臭い飯食わされるし。そんな球団のかたがたに迷惑かけるような行為はしたくない、まぁ俺は球団に入ってないがな。まてよ、木なんだから年齢も糞も無いか。あれだ良くある頭の痛いゲームと同じで、このキャラクターは20歳以上ですって奴か。うむぅ、しかし、そうは言っても社会の目の手前、手などだせんだろう。どう見たって犯罪だよ犯罪。大人しく、元に戻してやるか……。まてよ、この系統で行けば、女の子の名前で使われているような植物を使えば、上手く行くのではないか。これで駄目だったとしても、「菖蒲」とか「梓」とかがあるじゃないか。

 「ふふふ、そうか。花か。まったく、誰だろうな、花の名前を女の子に付け出した天才は」

 「ご主人様…… おしべとめしべについて、親か先生からお話を受けていないのですか?」

 「!!!!!」

 「もしくは、あまりの女っ毛の無さに、そういう知識がなくなってしまったとか……」

 言われてみれば、確かに、おしべとめしべが花にはある。たとえ擬人化したとしても、本来の目的以外のものがついてくる。いや、女の子メインならふたなりで何とかなるはず。いや、しかし、俺にそんな属性は微塵たりともないし。。。

 「まぁ、接ぎ木とかで増やしたりするそうですから、本来の機能は持ってないでしょうけど、それでも僕はどうかと思うですよ。けど、自生しているほかの花とかの場合は、ちゃんと本来の機能もってるんでしょうね、「菖蒲」とか」

 こいつ、俺の思考でも読んでやがるのか。ニヤニヤとむかつく笑いをこちらに向けるクロに、俺はささやかな殺意を感じる。やはりこの計画が上手く行ったら、真っ先にこの部屋から追い出してくれよう。というか、この家から追い出してやったほうがいいかもしれない。ぬくぬくと、俺様の部屋で子猫の頃から育ってきたこいつには、今ひとつ自分達が世界から見てどれほどちっぽけな存在であるかという事がわかんないらしい。だから、こんな、恐れ多くも自分を飼ってくれている人間に対して、不遜な態度で居られるのだ。こんな立派でやさしい飼い主だというのに。まったく。これだから、ゆとりは困る。

 「ふ、ふん。なに、他に手はある。おしべとめしべが離れている花を使えばいいのだ」

 「具体的な名称言えるですか?」

 「…… マツ?」

 「だったら、間違って利家の方を擬人化しないようにするですね」

 頬を膨らませ笑いをこらえるクロ。やはりこの糞猫捨てよう。マスコットキャラクター見つけたら真っ先に捨ててやろう。

 「まったく、ご主人様、思いつきで僕を捨てるだの何だの…… そういうのは、ちゃんと僕の次のアテができてから言って欲しいです」

 こいつ、捨てるときは目隠しした上で、一昔前の番組風にどことも分からない海外にほっぽり出してきてやる。めきめきと唸りをあげる拳をさらに力強く握り締め。俺は、クロを睨みつける。

 くそ、何か、何か無いか。このままでは、このままこの糞猫にあざ笑われたままだと釈然としない。何かこう起死回生のアイテムでこの糞猫をギャフンと言わせてやりたい。つうか、モノに性別があるものなんてそうそう無いだろ。お人形さんだって身包み肺で見れば、ナニが生えてなかったりとかで性別の区別無いわけだし。下手に擬人化したら、顔は女の体は男なんてこともありえるかもしれない。というか、とうの昔にお人形遊びなんぞ卒業した唯さんの居る俺の家に、そんなものはまず無い。さらに言えば、俺にはそっち系の趣味は無い。よって、やたら精巧に作られた部分のあるフィギュアなんかはないし、一般に売られているフィギュアから魔族製造したものも無い。あるのといったら、何もプリントされていない抱き枕と、ポスターくらいだ。それに、そもそもフィギュアを擬人化したところで、それが動かなくては、竹夫人となんら変わらない。ん、竹夫人?

 「あ、ある…… あるぞ、クロ!! 女のものと分かる物品が!!」

 「ハイハイ、そういうなら出してみてくださいよ」

 くくく、馬鹿め。口からでまかせと思いおって。まったく気にも留めないという感じのクロをよそに俺は、クローゼットに向かう。開いてすぐの右下に、束になって詰まれた読まなくなった古雑誌。その奥の靴箱に隠してある秘密兵器に手を伸ばす。ふふふ、初めて使ったとき、あまりの刺激に素人童貞の俺様は打ちのめされた以来だ。アレ以来、好きな女の子に振られた小学生男子のごとく、ゴムにちょっぴり抵抗感を覚えた、俺が再びこれを使う事になろうとは。

 丁寧に包装紙の中にくるまれた、二次元美少女が描かれた箱を取り出す。俺は人間をやめるぞーといわんばかりに高々とそれを掲げると、クロのほうを振り返る。

 「ふふふふ!! まさか、再びこれを使うときがこようとはな!!」

 「!? まさかそれは…… ていうか、いつの間にそんなの買ってたですか?」

 「無論貴様が気づかぬうちによ!! 通信販売と、休日発送で誰にも気づかれずにこっそりとな!! ちなみにいっしょに愛をはぐくむ為のエキスも1リットルほど買ってしまったわ、ふははは!!」

 「…… ま、まさかここまで症状が進んでいたとは」

 恐怖と戦慄に引きつった顔のクロ。ふふふ、まだはやい。本当の恐怖はこれからだというのに、たかが自分のライバルの姿を見ただけでそんな顔をするとは。しかし、ただのゴムに自分の地位を奪われるとは、人間としてみればかなり屈辱的ではあるがな。なまじコピーロボットじゃないあたりとかが。

 「まさか、本気じゃないですよね、ご主人様…… というか、巨大なお人形を買うのとそれじゃ変わらないじゃないですか」

 「ふふふ、やはり世間を知らんなクロよ。俺はマジだ。本気と書いて、マジ。友達と書いてダチンコ。それに、最近の抱けるタイプのワイフの100式は、動いたり、インプリメントされたり色々と便利な機能が満載なのだぞ?」

 「抱けるタイプっていうか抱けるだけって言うか、そもそもそれは漫画の中の話です。あぁ、ご主人様。ついに、虚構と現実の境界まで…… ツッ…… すみませんご主人様、目から鼻水が」

 そういって丸めた手で鼻を書くように目を押さえるクロ。割と本気でないてる辺りが腹立たしい。

 「うむ、最後のは流石に冗談だ。今の某重工と工業の実力からして、俺も本心で言っていない。つうか、冗談を本気と取られるほどに俺はアレなのか?」

 「アレもアレ、アレアレですよ。アレ過ぎて、頼みますからアレはやめてくださいよ……」

 「…… まぁ、動かないにしろ、それは式神憑依なりなんなりでどうにかなる。とにかく、今日からこいつが、お前の変わりだ!! 竹夫人だけに、抱き枕にもぴったりだぜ!! 用済みのお前は、そこで大人しく見ていろ、ダッチワ○フに自分の地位が奪われる瞬間をなぁ!!」

 いざ、擬人化の魔法。もはや恐怖に怯えるクロなど眼中には無い。あるのは嫁(原材料ゴム)とおれが仲良く膝枕したり、抱き枕したりのそんなヴィジョンと、黒い夜空に溶け込んで無きくれるクロの姿のみ。

 単純な効果の割には割と長めな擬人化の魔法。メンドクサイながらも、俺がその流れるような舌先使いで発動スペルを唱えたそのときであった。

 ガチャリと俺の部屋のドアが開く。と共に、こちらに顔を向ける母。まだ完成の途中で、原材料の形状がよく分かりやすい状態のマイワイフ。

 「お兄ちゃん? お夕飯ができたから、下におりてら……」

 一度発動した魔法をそう、易々ととめることなどできない。そして、一度動き出した時を再び戻す事はできない。できないが、限りなくゆっくり進む、俺の時の中で、母さんは俺が作り出した巨大な竹夫人を怪訝な目で見つめていた。

 母さんがもう一度こちらを向いたそのとき、ほんの3秒ほどだが、時が止まったような気がした。


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 「ゆ、ゆいさん、今日の俺の料理は……」

 「今朝しめたばかりの、14歳の松阪牛だよ。脂の乗ってるところを、選んでやったんだから残さず食いな」

 「あの、どう考えても脂の量が半端無いと言うか、ステーキというには妙に肌色っぽいんですが」

 「それだけ、新鮮なんだよ」

 「あと、どう考えても肉の匂いじゃない良い匂いがするんですが」

 「香草焼きだからだよ」

 「あと、どう考えてもホルモンみたいなヒダヒダがあるんで……」

 「それ以上言うと、透明のシェイク追加するがそれでも良いか?」

 「いただきまぁすぅ!!!」