第二話「料理の鉄人」


 まず始めに、こんにゃくを軽く湯どおし。万が一悪い病原菌などが入っていたりして病気になったら大変。
 雑菌を消毒するべく、沸騰したお湯に浸す事一分弱。肌で触れて居られなくなる程度に温まったら笊にあけて暫く放置。
 程よく冷えたところで、包丁ですっと真ん中に切れ目を入れる。このときあまり欲張らず、指を一本くらい入る程度に留めておくのがコツ。使っているうちにどんどん避けていく事を考えてだ。もちろん、締りが悪くなったときのために、糸こんにゃくも忘れずに。これも軽く温めておくと吉。
 「さて……」
 問題はこれをどうやって上まで持っていくかだ。
 幸い母さんは外で洗濯中。これは暫く戻ってくる事は無いだろう。というか、そう思ったから台所でこんな事をしているわけで。
 食事も終わってさぁどうしようかというときに、いきなりこんにゃく茹で始めたら、それがどんな目的で使われる以前の段階で白い眼で見られるの、はコーラを飲めば歯がザラザラになるくらい確実。
 もっとも、あの母さんに限ってはそうでもないかも知れないが、父さんの耳に入ればおっきな家なき子の誕生必至だ。見つからないに越した事は無い。
 厄介なのは妹の唯だ。アイツは、こういったことにどこか鋭いところがある。学校が春休みに入ってグータラしてやがるが、正義のヒロインならヒロインらしく、ファミレスとかでバイトしてくれば良いのに。
 家に居るなら居るで、メイド服なり何なり着て、母さんの手伝いの一つや二つやるとか、そういうことして女を磨けよ。いやまぁ、俺も母さんの手伝いは何もしてないわけだが。
 「むぅ、実の妹のメイド服姿を想像して、おっきするようになったら人間終わりだな」
 どうやら俺はまだ人間らしい。まぁ、こんにゃく茹でてる時点からおっきしてるというのが本当なのだがな。ちょっと先走りが出ている気もしないでもないが、メイド服に欲情しただけであって、人間としてそれは当然の生理現象だ。うん。
 「何やってんのよ、アンタ……」
 「ふむ、そうやって強気なメイドと言うのも捨てがたい……」


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 「と言う事があってな」
 「え、今までの回想!? 長!!」
 俺のふかふか羽毛入りベットの上で、グータラと惰眠をむさぼっていたバカ猫が、眼を細めて言う。まったく、このバカ猫は主人がとんでもないことになっているというのに、飼われているという自覚が無いのか、はたまたいつでも捨ててくれとアピールしているのか。
 「その後、唯に上位火炎魔法をくらってこんにゃくも俺もこの様さ」
 「うわぁ、そのアフロ似合ってるですよ(棒読み)」
 「ふ、何をやっても似合うとは、俺も罪な男だな」
 「冗談ですよ、何その気になってるですか……」
 そんなことは分かっていると吐き捨てて、俺は自分に回復魔法をかける。服こそ元に戻らないが、アフロで痛みきったキューティクルも、こんがり焼かれたボビーもびっくりな肌も元通りだ。
 いまや消し炭と化したこんにゃくにも回復魔法をかけようかとも思ったが、はたして挿入するための穴も一緒に塞いでしまいそうなのでやめておいた。今回は潔くあきらめるとしよう。
 箪笥の中から適当に切れそうな長袖シャツとカジュアルシャツを取り出す。鏡を見るまでも無く男前に着こなすと、上から更に保護色のパーカーを羽織る。これから、外にでる為の準備としては十分だろう。
 「さて、クロよ今から俺はこのこんにゃくの代わりを買いに行かねばならぬのだが」
 「聞くまでも無くいやです」
 「ははは、なに、遠慮する事は無い。お前のようなちみっこい猫の一匹や二匹、前籠に入れて走れぬ俺ではないわ」
 「いやです、外は寒いです、お家の中で暖かくしてるです!!!」
 爪を蒲団に引っ掛け頑なに動こうとしないクロ。まったくこのバカ猫め、主人が辛い目にあっているというのに、自分だけぬくぬくとしているつもりとはとんだ根性だ。
 仕方が無いのでクロの弱いところを攻めるとしよう。俺はクロのわきにふと息を吹きかけてやる。すると、真っ黒な顔を真っ赤にして、クロの奴がパッと手を離したので、俺はさっとクロを丸め込むと一目散に部屋から出、階段を駆け下り、玄関のドアを開いた。
 「にゃー!! いやです、お外はさむいです。いやです!! 理不尽です、横暴です!!」
 「つべこべ言うな、飼い主の俺が寒い思いしてるのに、飼い猫のお前が寒くない事のほうが理不尽だ!!」
 「ふみゃー!! この、鬼畜、ロリコン、変態、童貞!!!」
 あまりに五月蝿いので首に巻こうと思っていたマフラーで包んでやるとやっと大人しくなった。というか、この調子で叫ばれながら町内を出歩くのもそれはそれで、視線が痛い。
 まったく、クロは困ったネコだ。後で毛だらけになったマフラーを洗うのがどれだけ大変かと言う事が、まるで分かっていない。一度、人化の魔法をかけてやらせてみるといいかもしれない。そうすれば、少しは世話になっていると言う自覚も芽生えるであろうに。
 「そうそう、ご主人様はこういうときちゃんとやさしいから大好きですよー」
 「何を調子の良いことを…… どうでもいいから、人が前から来たら喋るなよ」
 「わかってるですよ、ご主人様。それでは、出発シンコーです」
 本当に調子の良いネコだ。マフラーで包んでやったとたん、これだ。それにしても、このネコノリノリである、というところか。癪に障ったので左右にフリフリ少し強引な運転をしてやるとしよう。それこそ、わざと歩道の境目を何回もうろうろしたり、タイルの上を走ってみたり。
 スタンドを蹴り上げて俺愛用ママチャリが、エンジン音の変わりに軋みを上げて発進する。
 「それにしても、ご主人様が買い物に行くだなんて、いったいどういった風の吹き回しですか?」
 「唯の奴に、「ばらされたく無かったら、代わり買って来い」って言われてな。まったくあの女め。俺が下手に出れば出るほど調子に乗りやがる」
 「簡単に弱み握られるご主人様がわるいです」
 「むぅ、そうか、もう寒さにも慣れてきたか。それじゃぁ、そろそろマフラーを返して」
 「まぁ唯ちゃんも難しいお年頃ですから、仕方ないですよ」 
 確かに言われて見れば、唯も高校生。俺も思い起こせば、あの頃は色々と世間に反抗したものだ。そういうものなのかもしれない。
 「そうだな、高校生だものな。反抗したくなるよな、色々な物に」
 「その口ぶり、ご主人様何か反抗したですか?」
 「したぞ、年齢制限という壁に」
 「聞いた僕がバカだったです」
 「何を今更そういうことを言うか、分かりきった事であろうに。あぁ、バカだからか」
 とまぁくだらん話をしているうちに目的地が見えてくる。住宅街に住んでればスーパーの一軒や二軒くらいすぐあるものだ。荷物のことさえ考えなければ、歩いていけない距離ではない。
 俺は一台程度入る隙間を残して止めてある駐輪場に自転車を止めると、マフラーを剥ぎ取り籠からクロを取り出す。寒そうに早足に入り口までかけていったクロが、早く中に入ろうと騒ぐので俺は急いで自転車に鍵をかけると、入り口に向かった。
 「う〜やっぱり中は暖かいな」
 「春といってもまだまだですからね〜。あ〜あったかいです〜」
 「こら、クロ。足拭きマットの上で転がろうとするな、汚いだろう」
 「は〜い、です」
 そういいつつも足取りのおぼつかないクロ。そういうえばクロをスーパーにつれてくるのは初めてだったかもしれない。
 「あの〜お客様?」
 「ん?」
 どこから湧いて出たのか、いかにもアルバイトですみたいな高校生っぽいボーイが横に立っていた。とても気まずそうな感じで、クロのほうをちらちらと見ている。
 ははぁ、なるほど。
 「いやはや、あんなバカ猫でもいいならどうぞ貰ってください。無論ただとは言いませんが」
 「は、はぁ。いえその、お客様、店内にペットの持ち込みはちょっと……」
 「あ、あぁ、はいはい。ペットねペット。いやはや、やっぱりそう見えちゃうか。仕方ないよね素人目にはそう見えても」
 「?」
 「アレね、新型のアイボ。ネコ型の。凄いでしょ、毛とかほら本物みたい。けどロボットだから何も問題ないわけ。韓国語で無問題?」
 「……」
 多少無理があるかなと思ったが、「そうですか失礼しました」と言い残して去っていった。いまどきの青年にしては話の分かるいい奴だった。俺が女なら股間がずぶ濡れだろうな。まぁ、俺様には遠く及ばんが。
 「何話してたですか、ご主人様?」
 「ふむ、軽いジョブ程度の世間話さ、お前は何も気にする必要は無い」
 とはいえ、とりあえずお店の迷惑にはならないように毛が飛ばないようになる魔法と、抜けないようになる魔法はかけておこう。あとは勝手に居なくなって騒動を起こさないように、クロを俺の肩にひょいと摘み上げて乗せる。
 とりあえず、目的のこんにゃくを早く買ってしまおうと、俺は野菜コーナーを足早にスルー。鮮魚コーナーの境目辺り、練り物、豆腐コーナーの一角を探す。と、案の定豆腐の隣にこんにゃく発見。
 「本日は二つで150円の特別ご奉仕か…… 正直一つで事足りるのだが、ここはもう一つのほうで違うご奉仕もしてもらうとするかな」
 「いいですか、ご主人様? 余計なものを買っていくと、また唯ちゃんに怒られるですよ」
 「ふむ、すると、あそこに見えるスルメイカも余計なものかな」
 「僕はどちらかと言うと、隣のカマスの干物のほうが良いです」
 まったく人の足元を見る奴だ。どこのどいつに似たというのか。しかしまぁ、これで気兼ねなく買い物ができるのだ、干物の一つや二つ安いものだろう。
 俺はこんにゃく二つとカマスを籠に入れると、辺りを見渡す。そう、良く考えれば今日は火曜日。このスーパーの特売日だ。
 「折角ここまで来たのだから、色々試してみるのもありかな」
 まずは定番の片栗粉から。俺は、惣菜コーナーを横切りながら、小麦粉などが置いてあるコーナを探した。


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 「で、結局、何買って来たの」
 「こんにゃく、片栗粉、カップヌードルに、紙コップです…… 唯様」
 迂闊だった。
 帰ってくるなり電話していた唯に発見され、すぐさま台所に連行されるとは。いや、見つかるかなーとは思ってはいたが、こうもあっさり見つかってしまうとは。
 むしろ、俺が何を買っているのか監視でもしていたのでは。すると、俺がこんにゃくを調理しているのも、最初から……
 「え、あ、もしかしてストーカー?」
 「ナニヲイッテオルノダキサマハ!!!」
 眉間に大きな皺を寄せて、こちらを般若の如く睨みつけてくる唯さんに、流石の俺様もちょっぴり股間が湿ってしまった。そりゃ、悪の組織もこんな女に狙われた日にゃたまったもんじゃないなと、ちょっぴり奴らに同情の念を感じてしまった。
 と、たじろいでる俺を脅すように唯さんが、机を叩く。
 「あんたねえ…… あたしは、こんにゃく買って来いっていっただけでしょ…… それを、何また余計な物買ってきてるのよ……」
 「怖い、怖いよおかーさん!! 唯が、僕のお金で買った物にまでいちゃもんつけてくるよー。おぉ、怖い。さては悪魔の子……」
 「あたしが悪魔の子なら、お前は夢魔の子か? あぁ!?」
 むぅ、これはどうやら、本格的にご立腹のご様子。 
 仕方あるまい。ここはいざというときのために買っておいた、アレを出すときが来たか。
 「いやいや、唯ちゃん。おちついて落ち着いて。お兄ちゃんが悪かったって。ね?
 今回はたまたま火曜特売とか言う悪魔の誘惑に負けてしまっただけで、出かけたときはホントに、真面目に反省してたんだよ」
 「……うそくせぇ」
 何がうそくせぇだ、お前のテレビでの態度のほうがよっぽど嘘くせえんだよ、バーカ。
 「ホントだってば。その証拠に、ほら。唯ちゃんにお土産が……」
 そう言って、俺はスーパーで買ってきた、切り札を唯の前に差し出した。


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 「ところ、この結果だ。どう思うかね、俺のハンサムフェイスは無事かね」
 「え、あ、また回想ですか。んとですね、多分大丈夫ですよ」
 「そうか良かった…… もし、俺の美貌が損なわれようものなら、実の妹といえどどうしてくれようかと思っていたのだがな…… 妄想の中でだが」
 「まぁ、木を隠すなら森の中って言うですからね」
 そういって、のんきにカマスをむさぼるクロ。もう少し主人の体の心配をしたらどうなのかと、切に思う。
 「それにしても、あのプレゼントは気に入ってくれると思ったんだがな」
 「大根プレゼントされて、喜ぶ女の子なんて居ないですよ」
 「やはりきゅうりとかのほうが良かったかな…… そうだよな、幾らなんでも大根は入んないものな」