「味噌舐め星人の自覚」


 祥子さんがガスコンロを持ち、雅が鍋を持って部屋へと入ってきた。鍋をするつもりなのだろう。遅れて味噌舐め星人が、野菜のたっぷりと盛られた皿を持ってきて、最後に米櫃を持った店長のお母さんがやってきた。
「さぁ、今日はたんと食べていってね。美味しい肉、買っておいたから」
「美味しい野菜もよ、お母さん。この人、今日、彼らに自分の作った野菜を食べてもらうんだって、すっごく張り切っていたんだから」
 おいおいそういう恥ずかしい事は言わないでくれよ、と、店長。まぁ、そんなことだろうとは思っていたよと、俺は狼狽える彼を笑ってやった。隠してどうなるのよ、貴方の態度を見ていれば、そんなの誰だって察しがつくのよと、もっともなことを醤油呑み星人は言って、テーブルの真ん中にガスコンロを置いた。すかさず、雅がその上に鍋を置く。見れば、すでに鍋には具材がぎっしりと敷き詰められていた。茶色く濁った出汁、すき焼きだ。
「すき焼きなんてリッチだな。久しく食べた思い出がないよ。いいのか?」
「いいんだよ。友人との食事くらい奮発しないとね。苦しい時こそ、辛い時こそ、金の使い所という奴は考えなくちゃ。渋るだけじゃ始まらないよ」
 まったくもってその通りだ。昔からは考えられないくらい良い事を言うようになったじゃないか。女の子に色目を使い、格好をつけていた男の言葉とは思えない。そうだな、友達との食事くらいはいいものを食べなくては。
 火をつけるわねと、屈んで醤油呑み星人がコンロに火をつけた。ぼうと燃え上がる青色の炎。既に台所の方で、ある程度火が通してあったらしいすき焼きは、すぐにくつくつと音を立てはじめ、湯気をくもらし始めた。良い匂いが鼻をくすぐる。甘ったるく、食欲を誘う、すき焼きの香りだ。
「ねぇ、味噌を入れない? なんだか、少し、物足りない気がするの」
 なんでもないように、味噌舐め星人が口にした言葉に、はっとその場に居た人間が凍り付いた。すき焼きに味噌を入れるだって。そんな食べ方は、聞いたことがない。そんな事をしてしまったら、辛くてとても食べられない。
「良い提案だな。店長、俺にも味噌をくれないか。赤みそが良い」
 頭の中で自分がどれだけおかしなことを言っているのか、自分でもわかっていたが、条件反射的に俺は味噌舐め星人の言葉に賛同していた。
 どうしてそんなことを口にしたのか。痛々しい周囲の視線の中、俺と味噌舐め星人は自然と顔を見合わせた。どうしたんだろうか、俺達は。
「小皿で取り分けた分に味噌を溶くのなら別に構わないけれど。けど、どうしたのよいきなり。そんなの普通の人間なら辛くて食べられないわよ」
 醤油呑み星人の視線は、真っ直ぐ俺を見つめていた。彼女は既に、味噌舐め星人の正体を知っている。だからこそ、彼女が味噌を欲しがった事に、さほどの違和感は覚えていないのだろう。むしろ、俺が味噌舐め星人と同じく味噌を求めてきたことに対して、彼女は違和感を覚えているらしかった。
 そして、その違和感は俺の中にもあった。どうしたんだ俺。味噌を溶いたすき焼きだなんて、そんな塩辛いだけの物を食べてどうしようというんだ。
 まるでそう、そんなのを欲しがる打なんて、味噌舐め星人みたいだ。