「砂糖女史の安眠」


 雅と俺は体を重ねることは多いが、一緒に寝るようなことはそんなにしなかった。そういう行為から発展し、力尽きて眠るという事はあったが、何もしないのに、二人で同じベットで眠るなんてことはしたことがなかった。俺達が互いに求めているのは、己の孤独を忘れ去れるような強烈な生の瞬間であって、ゆるゆると過ぎ去っていく幸福な時間ではない。あるいは、最終的にそういう時間に至ることを望んでいるのかもしれないが、俺は雅に対して一緒の布団で眠るなどという行動を期待し、求めた事は一度もなかった。
 雅もまた、同じだ。今日の今日まで、俺に、一緒に寝ましょうなどと、言うことはなかった。なんとなく、二人が何を考えているのか、何を求めているのかは、言わずとも分かっていた。そして、それを言い出すという事が、お互いに、実に気の向かないことだというのも。気恥ずかしいことだというのも。結局、俺達は無言で一緒の布団に入ると、そのまま抱き合った。
 あるいは、そういう事をすることにして、一緒に寝てしまうというのも悪くはなかった。俺は少なからず興奮していたし、きっと、雅を無茶苦茶に弄べば、少しは疲れて眠気も出ることだろう。しかしながら、何故だか、そうは思っても、今日は彼女に手が出なかった。そんな気分になれなかった。彼女もそれは同じなのだろう。暴力を伴わない行為ならば、彼女はそれとなく積極的に求めてくる。それこそ、俺がうんざりするほどに。キスなど朝飯前という感じに、俺の体をなぞり、そして無言で貪る。淫乱と、言うには少し違う。彼女が俺を求める姿には快楽とは別の、悲しみや痛みといった、冷たい感じがあった。何かで読んだことがあるが、雅は多淫症という奴かもしれない。男を求め続けなければ不安で仕方がないという。それは、淫乱と何が違うのだと言われれば、無学の俺には返答に困るのだが、きっと彼女は性的に男を求めずには居られない自分自身を、嫌悪しているのだと思う。俺も似たような所はある。まぁいいそんなことは、この際にはどうでも良い話だ。
 俺と雅は抱き合ったまま、お互いの息遣いを確かめ合うように、頭を寄せ合って眠った。息遣いと温もり、心臓の鼓動が聞こえてくる。羊を数えるよりもよっぽど気持ちよく寝れそうな、そんな安心できる周期だ。こんな風に彼女と一緒に眠るのも悪くはないかもしれない。そう、味噌舐め星人とその昔、一緒に寝ていた時の事を思い出す。彼女と一緒に、こうして抱き合って寝た夜は数える程しかなかったが、それでも、彼女を横に眠る時に俺が感じていた安堵感が、確かにこの場所この瞬間に存在していたのだ。
「どうですか、眠れそうですか。もしかして、もう、寝てしまいましたか」
「あぁ、なんとか寝れそうだよ。ありがとうな、雅」
 俺は雅の頭を撫でた。いつだったか、味噌舐め星人を可愛がってやった時の様に、優しく、その頭をぐしぐしと掻き乱してやった。雅は味噌舐め星人と同じように、くすぐったそうに少し眉を寄せて、もう、と俺を見つめ返してきた。よかった、と、言葉に出さなくても分かる。何をそんなに心配してくれているのか。聞いてみようかと思ったが、それよりも早く、眠気が俺を襲ってきた。まぁいいさ、また、明日の朝にでも、話を聞こう。