「B太は多忙なミュージシャン」


 頑張ってるんだな。最近になって、やっとCDを聞いたよ。俺には音楽の良し悪しなんてよく分からないけど、聞いててとても心地よかった。頑張れよ。応援してるぜ。B太が俺に対して変わらず接したように、俺もまたB太に対してまるで路上ライブをしていた時のように励ました。言われなくても頑張るっすよと、快活に返事をするB太。どうやら、昔とちっとも変わっていないらしい。こんなろくでもない先輩をわざわざ覚えてくれている。その時点で、彼が、コンビニで働いていたころと、ちっとも変わっちゃいないということは分かっていたが、それでもなんだか嬉しくて、少し目が潤んだ。
 B太は俺に色々と尋ねてきた。最近はどういう仕事をしているのか。店長とは連絡を取り合っているのか。元気にしているのか。その質問に対して、微妙な嘘を交えて答えなければいけないのが、情けなくてしかたない。しかしながら、彼を無駄に心配させるのが嫌だった俺は、それとなく、それでいていつものように、口から出まかせに調子の良い事を言った。それが嘘かどうかなんて、店長と親しく連絡を取り合っているB太には、ちゃんと分かっていただろうに。彼もまた、俺の嘘に何も知らないふりをしてのっかってくるのだった。嘘を嘘と知られていながら突き通すというのも苦痛な物だ。
 嘘ばっかり、と、呆れた調子でため息を吐いた味噌舐め星人は、リビングから去っていった。雅もまた、俺の会話の邪魔になるまいと、いつの間にやら姿を消していた。妙な気を利かせてくれやがって。そんなことをされてしまっては、余計に気まずくなるだけだ。もう、いいか。心が折れる瞬間と言うのは突然やって来る。嘘を吐くこと、吐き続けることに、唐突に倦怠感を覚えた俺は、この際、B太に本当の事を話してしまおうかと思った。
「あのな、実はな、俺、今、無職なんだよ。生活保護で食いつないでる。会社で働いてるとか、調子のいいこと言ってたけど、全部、嘘なんだよ」
 突然の告白に、流石のB太も黙った。それは、そんなことを俺に言わないでくれと言う、批判的な沈黙ではなく、電話の向こうに居る人間を、労わる様な、そんな優しい沈黙だった。こういう空気が出せるのが、こいつの凄い所だ。俺はその沈黙に甘えるように、静にB太の返事を待った。すると、B太は少し気恥ずかしそうに笑って、知ってましたよ、と、俺に告げた。
「皆、心配してるっす。店長も、店長の奥さんも、俺も。妹さんも」
 妹。妹ってのは、誰の話だ。俺の前から居なくなった味噌舐め星人か。いや、そんな、アイツの居場所なんて俺が知りたいくらいだ。だとすると、残るはもう一人の妹。今も俺に時々メールや電話をかけてくる、観鈴だろう。
 そう言えば、昔、観鈴にB太を引き合わせたことがあった。その時の縁がまだ続いているというのか。あの頃と違って、観鈴も今では立派な芸能人の仲間入りを果たしている。同じ芸能人のB太と仲良くしているのは、なんらおかしくない話だ。が、芸能人になる前の、B太の観鈴への入れ込みようを考えると、余り、手放しで喜べるような話とは考えられない。
「お前、観鈴とはどんな関係だ。お前とはいえ、妹に手を出したりしたら」
「違いますよ。そういうんじゃないです。ただの、芸能人仲間ですよ」