「味噌舐め星人の挨拶」


 おかえりなさい、と、ソファーに座ってアイスキャンディを食べながら、味噌舐め星人は言った。見ないアイスだ、あんなの買ってあったっけかと俺が雅に問うと、買ってきたのよとソファーの味噌舐め星人が言った。どうしたことだろうか、手には万札が握られている。まさか、お前、人様の財布から抜き出したんじゃあるまいな。疑いの目線を彼女に向けると、なんだよその眼はと生意気にも睨み返してきた。まっとうな金だよ、バイトして稼いだのさ。咥えていたアイスキャンディを一口に飲みこんで、味噌舐め星人はこちらに詰め寄って来ると、俺の鼻先にキャンディの棒を突きつけてみせた。甘ったるい匂いが、鼻の穴に入り込んでくる。いやいや、嘘を吐くなよ。社会的に死んでる人間が、コンビニでバイトなんてできるものか。
 なぁ、できるわけがないよな、と、雅の方を見ると、何故か彼女は目を伏せて横を向いていた。これは間違いなく彼女も一枚かんでいる。おい、俺に黙っていったいお前ら何やってたんだ。勝気な味噌舐め星人を問い詰めても白状しないだろう。俺や雅に狙いを定めると、いつもの調子で高圧的に問い詰めた。パブロフの犬、学習された敗北感、という奴だろうか、すっかりと俺に従順になってしまった雅は、抵抗も虚しくすぐに真実を俺に語った。つまるところ、味噌舐め星人が働けるように便宜を図ったのは、やはり雅であり、自分の職場の知人づてに話をつけたのだという。もっとも、戸籍も何も持たない味噌舐め星人だ、まともな仕事が転がってくる訳もない。コンビニの一時間にも満たないスタッフの交換時間の繋ぎ要員。交通ラッシュ時の交通整理要員。人の弱みに付け込んだ、何でも屋の様な仕事ばかりだ。
 仕事の内容を聞かされては、彼女の稼いだお金にケチをつけることはできなかった。むしろ、よく頑張ったものだ。女だてらに何でも屋。そうそうできることではない。悪かったよ、変なこと言って、俺が謝ると、分かればいいのよ分かればと、何故だか得意げな感じで味噌舐め星人は笑った。じゃぁ悪いけど、その中から今月の食費代をいただくなと、三万円をむしりとる。何するのよとすぐに取り返そうとする彼女の額に軽くでこピンを打ち込んでやった。まぁ、本気で取り上げるつもりなんかないさ、我が家にタダで居候しているという幸せを、改めて思い知らせたら、ちゃんと返してやるさ。
 そうやって散々に味噌舐め星人をからかっていると、ふと携帯電話が鳴った。アラームの音は電話だ。誰からだろうとポケットに手をつっこめば、それは俺がスーパーで電話をした、有名になったバイト先の後輩だった。
「もしもし、先輩、お久しぶりっす。いや、昼間のサイン会来てくれたんですね。俺、めっちゃびっくりしましたよ。先輩、全然連絡くれないから。店長とかしょっちゅう電話かけてくるのに。あ、で、なんだったんすか。昼間の電話。俺、忙しくて出られなかったんすけど、何か、用事でしたか」
 そんなバイトしていた時の様な感覚で言われても困る。こちらとしては、有名人になったお前が、俺からの電話に対してどういう対応をするのか、知りたかっただけなのに。しかし、今でもこうして、何かあったのだと思って連絡してくれるのは、先輩と慕ってくれるのは、少し、嬉しい物があるな。