「B太は優しく電話を切る」


 B太が言うには、彼は何度か観鈴とTV番組で共演したことがあるのだという。共演するたびに、彼女はB太の部屋を訪ねては、俺に着いて何か知っていることはないかと彼に尋ねるのだという。連絡を取っていないのだ、もちろん、B太が俺の事など知っている訳がない。毎回気のない返事をして、彼女を悲しませるのを苦々しく思っていると、B太は申し訳なさそうに俺に言った。それは彼が初めて聞かせる、俺を攻めるような口調だった。
「彼女は真剣に先輩のことを心配しています。別に、働いていなくたっていいじゃないですか。もっと、彼女と話をしてあげてください。彼女だけじゃない、皆、先輩の事を心配しているんです。なのに、全然連絡してくれないなんて、あんまりですよ。どうしてそんな、一人で抱え込もうとするんですか。もっと、周りを、俺達を頼ったって良いじゃないですか」
「頼ってどうなるんだ。お前らに愚痴を言えば仕事が見つかるってのか。宝くじにでも当たるってのか。無駄だよ、心配させるだけ損ってもんさ」
「損なんてことないですよ。損得じゃないでしょ、人間の関係は」
 そうやって、お前らの自己満足に付き合わせてくれるなよ。無駄なのさ、結局俺の人生はどうにもならない。詰んでいるのさ、もうとっくの昔に。お前たちの時間も無駄だが、俺の時間だって無駄になる。どうか、幸せな夢など俺に見せないでくれ。それが、俺の様なゴミクズに、どれだけ苦痛なことなのか、お前たちが本当に優しさを持ち合わせているというのなら、分かってくれるはずだ。それに、薄々分かっては居るんだろう。お前たちだって。
「ありがとうな。けど、ごめん。なんつうかな、俺の面子も考えてくれ」
 恥ずかしいことにして、俺は沈黙を誤魔化した。結局こうなのだ。俺達がなにも考えず、痛みを感じずに、ただ心を楽に過ごしていく為には、それなりの建前が必要なのだ。その建前が、発した者に少なからず痛みを与えることもあれば、聴いた者を傷つけることもある。そしてその小さな痛みで、人は自分の無力さ、身勝手さを思い知るのだ。優しさとは、つまり、憐みだ。そこには正しさもなければ、救いもない。夢や理想などと言う、感情を麻痺させる薬ではなく、現実を見つめさせる柔らかな痛みこそ、優しさなのだ。
 B太は何も言わなかった。そして、すみません、俺、これから収録があるんでと、関係のないことで俺に謝った。分かっているさ、こんな状況になって話を続けられるほど、お前は図太い神経をしてないよな。気にするな、俺も家族が芸能人の身だ、お前たちの忙しさは分かってるつもりだよ。すみませんと謝るB太に、良いってと俺は優しい言葉をかけた。こうして、お互いを優しく傷つけることでしか、人間は生きて行けない生き物なのだ。
 B太はもう一度謝って、そしてそのまま電話を切った。勝手な物だ、彼に自分の現状を話しておいて、力になると言われたら、突き放すのだ。仕方ないさ。俺が欲しいのは、結局優しさなのだから。どうしようもないね、と、今の俺に同情して欲しいだけなのだ。だって、ここから抜け出すには、俺はあまりに非力すぎる。君達が望むような理想をしょい込んで、走り出すのは俺には苦痛なのだ。だから、分かってくれよ。頼むから、さ。