「味噌舐め星人の懐柔」


「よかったら。家に来ませんか。この人の言うとおり、年頃の女の子が野宿するというのはやっぱり危険ですし。幸い部屋は余ってますから」
「おい、お前の家じゃねえだろう。何を勝手に仕切ってやがるんだよ」
 すぐに肩を震わせて、すみません、と、雅が俺に謝る。調教のおかげという奴だな、ちょっと強い口調で言ってやると、こうして謝る。どこぞの我儘娘と違って素直で助かるが、最近はその素直さが鼻についていけない。
 雅の話は置いておいてだ。別に彼女を家に泊めてやらないという訳ではなかった。確かに俺の同郷人が言ったように、俺としても彼女の様な若い娘がこの寒空の下で野宿なんてしたならば、酷い目に合うだろうと考えていた。俺の家に泊まったら泊まったで、獣の俺にいつ襲われるかという不安もあるが、それはそれ、今のところは雅で事は足りているから大丈夫だろう。
 それに、死んでしまった人間の世話には、これで結構なれているのだ。
「こいつの言うとおりだ、俺の家に泊まっていけ。暫くの間、一カ月くらいなら面倒見てやる。それから先は知らん、自分でなんとかしてくれ」
「その人には酷いのに、私には優しいのね。君の悪い人」
 なんだと、そこまで言うのなら、別にここで野宿して貰ったって構わないんだぜ。なんて安い挑発は口から出てこなかった。なんとなく見ていて、この娘がその手の挑発にのりやすいというのは分かっていたのだ。手間はかかるし腹も立つが、彼女の身を思えば少しくらいこちらが折れてやらないと。
 俺が挑発しなかったおかげもあって、彼女は、ならお言葉に甘えて、と雅と俺の提案を承諾した。話はまとまった。それじゃ、俺達の家はこっちだからと、三人で国道沿いのアスファルトでできた黒い道を歩きはじめた。
 平日の真昼の国道は人気がなく、時折横を走っている車の走行音が、耳について煩わしかった。アスファルトの道路は固く、普段から家に引き籠ってろくに外に出ない俺には、少々足に堪えるものがあった。そんな道を四半時間程歩いて、なんとか家に帰って来た俺たちは、まずはリビングに集まって今後の事について相談することにした。当座、俺達が優先しなくてはいけないことは、目の前に放り出されたままの鍋やフライパンと言ったら調理器具に、ご飯粒のついたお茶碗と言った食器類の片づけであった。
 雅と味噌舐め星人の決定的な違いを一つ上げるとするなら、整理整頓の上手さだろう。よほどしっかりと躾けられたのか、雅は整理整頓や掃除といった、料理を除く家事全般が異様に上手かった。それはもう、家政婦だって裸足で逃げ出すくらいにだ。僕が凝りもせずに、飽きもせずに、雅との同棲を続けられているのも、彼女のこういう几帳面な所のせいでもある。
 雅は馴れた感じにちゃぶ台の上から何個か皿を持ち上げると、数歩のところにある水場にそれを放り込んだ。すぐにスポンジに洗剤を垂らして泡立てると、彼女ははぁとため息を吐いて、中身の残っている弁当箱を開けた。
 むわりと嫌なにおいが鼻をくすぐる。酸っぱい中にも、かび臭さみたいなものの嗅ぎ取れる。そもそも、肉は肉でも牛ではなく豚ばかり使っているというのもこの生臭さの原因だろうか。ケチらず良い肉を買えばよかった。