「味噌舐め星人の保護」


 駅で出会った少女の素性は分からなかった。本当に分からなかったのだ。それは彼女が何も語らなかったからでもなければ、俺達が彼女を連れ込んだ派出所の警官が怠惰だったからでもない。彼女の語った名前も住所も電話番号も、確かに存在するものだったし、彼女が語った家族構成も、受話器の向こうの人物に問い合わせれば、確かに同じものだったのだ。唯一彼女の生死だけを除いて。そう、僕達が駅で出会った少女は、既に死んだ人間だった。
「百花は死にました。昨日の脱線事故で。今、病院から帰って来たところなんです。悪い冗談はよしてください。百花が生きているだなんて。それじゃあ、あの病院の冷たくなったあの娘は誰だと言うんですか」
 だ、そうだ、と、困惑した表情を警察官は俺と雅に向けた。そんな顔をされたって、俺達だってどうして良いか分からないからここに来ているのに。
「聞くけども、本当に本官をからかっているわけではないんだね。本当の本当に、君は都築百花くんで、貴方達二人は彼女を保護した、というんだね」
「というんだねも何もないでしょう。そうでなかったらこんな所訪れていませんよ。貴方を騙して、いったい何が面白いって言うんです、何が俺達の特になるっているんです。まったく、もうちょっと常識で考えてくださいよ」
「常識で考えられるかよ。死人が生きていますだなんて。しかもだ、ちゃんと死体があるって言うんだろう。だったら、誰かが嘘を吐いてるとしか」
「私は嘘はついていません。確かに私は都築百花で、その調書に書いた住所に、調書に書いた人間と一緒に暮らしていたんですから」
「しかしね、その調書に書かれた電話番号にかけてみたら、死んだというんだよ、君が言う君のお母さんがだ。君ね、本当に何者なんだい。死人を装って人をからかうなんて、そんなの人間として最低だよ。すぐに止めなさい」
 諦めたように彼女はため息を吐いた。どうせ幾ら言っても信じて貰えないだろうという感情が、その溜息の音から聞いてとれた。俺も溜息こそつかなかったが、彼女と同じ考えだった。そして警察官と同じ気持ちでもあった。
「もういいですよ。それじゃぁ、私が嘘を吐いているということで」
「おいおい、何を言い出すんだ、そんな投げやりに」
 投げやりなのは貴方でしょうとばかりの強い視線を、少女は警察官に投げかけた。怖いもの知らずだね、最近の若い子は。そして軟弱だね最近の警察官は。なんだその眼はと言い返すこともなく、申し訳なさそうに警官は少女から視線を逸らした。それで、話はおしまい。結局、素性の分からぬ彼女を警察に押し付けることもできず、俺達は派出所を後にしたのだった。
 これからどうするのだと彼女に尋ねると、まったく考えた素振りもなく、彼女はさぁと俺に応えた。さぁって、そんな投げやりな。野宿でもするっていうのかと、尋ねれば、それも良いかもしれないと真面目な顔で言う。
「それも良いかもしれないって。お前な、思っている程世の中は物騒なんだからな。お前くらいの年ごろの女が野宿なんてしたら何をされるか」
「何をされても構わないじゃない。どうせ、私は死んでるんだもの」
 そんな投げやりになるなよ。あぁもう、面倒くせえな。