「味噌舐め星人の好物」


 料理が出来上がったのはそれから一時間後の事だった。女が二人も揃っているのだから手早く出来上がると思うなかれ、雅はもちろんの事、少女もまた料理ができなかったのだ。まったく、どうして最近の女の子は、基礎的な所がてんでできていないのだから。少しくらい料理が出来ても良いだろう。
 簡単なチャーハンと中華スープ、ついでにレバニラ炒めを作ると、俺はそれを三人分ずつ皿と椀に取り分ける。二回に分けてちゃぶ台に運ぶと、不揃いの箸をちゃぶ台の前で待っていたお嬢様たちに手ずから配った。いただきます。遠慮のない声が横で聞こえるのを軽く無視して、俺は無言で自分が炒めたチャーハンにレンゲを入れた。自分で作る料理はやはり美味いな。
「美味しいでしょう。この人、料理とても得意なんです。私より、どんな料理でもずっと美味しく作るんですよ。昔は、少しくらい作っていたんですけれど、今じゃ張り合うだけ無駄かなって思えて、もう作る気になれません」
 そんなの良いから、作れるものなら作ってくれよ。張り合うも糞もないような炭化した料理ばかり作って来たくせに。どれもこれも食えたものじゃなかったよ。結局どう処分したんだっけかな。料理も、焦げ付いたフライパンも。そんなことを思いながらもくもくと俺はチャーハンを食べた。言った所でどうにもならないし、雅の機嫌を無駄に損ねるだけだ。損ねて、拗ねて、明らかに落ち込まれても、こちらとしても困る。彼女には俺が使った食器だとか調理道具だとかを洗って貰わなくちゃいけないのだ。料理屋のバイトと同じで、それくらいなら料理経験の浅い人間でもなんとかできるものだ。
 ふと、少女がチャーハンに箸をつけていないのが気になった。どうしたのだろう。もしかして、チャーハンが嫌いなのか。この年頃の女の子だ、炭水化物は毛嫌いしているのかもしれない。しかし、人の家に招かれて、しかも人が好意で出してきた物を、そんな簡単に断って良い物かね。
「ねぇ、味噌はないの?」
「味噌だって。それはあるにはあるけれど。味噌チャーハンが好きなのか」
「そんなゲテモノじみた食べ物、食指が動かないわ。あるのならちょっと一掬いで良いから私にくれないかしら。無性に、食べたくてしかたないの」
 貴方なら分かるでしょう、と付け加えて、少女は僕の方を見た。残念ながら少しも分からないが、まぁ、良いだろう。俺は冷蔵庫のある台所に戻り、冷えた味噌のパックを手に持って再びリビングに戻った。そして、ほれ、食べたいのなら好きなだけ食べろと、彼女にそれを渡したのだった。
 はたして彼女は味噌のパックを開けると、箸で一掬い、チャーハンの脇にそれを置いた。ありがとう、と、パックを俺に突き返すと、まるでわさび漬けの様にその味噌をつついてご飯を食べ始めた。よくそんな食い方ができるものだね。まぁ、いつぞやのバカの様に、そのまま食べるよりはマシだが。
「駄目ですよ。そんな。味噌をそのまま食べるなんて、体に悪いですよ」
「私だけに注意されても困るわ。これはそういう習性なのよ、ね?」
 俺に同意を求められても困る。なにせ、俺は味噌舐め星人ではないのだから。そんなことを思いながら、俺はパックから味噌を指で掬い、舐めた。