「僕の甘味の少ない幸せな青春その二十七」


 勘弁してくれと僕は監督に食い下がったが、彼は聞く耳を持ってくれず、昼休み終了の掛け声とともに、僕はなし崩しに俳優と一緒に撮影現場に駆り出されてしまった。普通のエキストラと違い台詞があると言っていたが、なんの連絡もされていない。これでいったい、僕にどうしろというのだろう。
「やりましたね、お兄さん。テレビに出れますよ。しかもミーちゃんと一緒のドラマに出れるなんて。夢みたいですね、嬉しいですね、お兄さん」
 あぁそうだねと、渇いた返事をする僕。味噌舐め星人め、偽物の癖に本物の姉みたいなことを言いやがって。観鈴と一緒のドラマに出るのがそんなに嬉しいか、たかだか一カ月一緒に居るか居ないかという付き合いなのに。実時間にしたら、一週間も一緒に居るかどうかも分からない妹なのに。
 かくいう観鈴もまた、僕や味噌舐め星人とドラマに出れるのを喜んでいるようだった。素人に良いように自分の舞台を荒らされて、そこは怒る所ではないのだろうかとも思ったが、それよりも嬉しさの方が勝っているらしい。まだまだ、観鈴はプロというより子供だという事なのだろう。まぁ、それはそれで年相応で可愛らしい。芸能人なんてやってはいるが、彼女はまだまだ遊びたい盛りの年ごろなのだ。家族にも甘えたいだろうし、もっと好きに行きたいだろう。芸能人の仕事も好きだろうが、それはそれだろう。
「まったく、監督ったら昼間っからお酒飲んで、すっかり段取り忘れてるのです。あの人は良い人なのですけど、ときどきテキトーすぎて困るのです」
「そうだなぁ。まぁ、あれくらい適当な方が、接する方としては気が楽かもしれんけどな。で、僕達はいったいどうすればいんだ、観鈴
「とりあえずですね、コロ太さんを連れて、あっちの広場の方から、こっちの林の方に歩いてきて欲しいのです。ここで私は待ってますので、来たらこんにちはって言ってくれたら、こんにちはって言うのです。そしたら、後はまぁ、なんとか、アドリブで少し会話して、それで大丈夫のはずなのです」
 なるほどアドリブでね。なんだ、台詞というから、何かそれなりの役割があるのかと思ったが、なんともないただの世間話ということか。やれやれ、それならまぁ、何も聞かされていなくても、何とかなるにはなるだろう。
 はいそれでは始めますよ、各自配置についてくださいねと、アナウンスするADさん。それじゃ行こうかと、俺は片方の手で味噌舐め星人の手を引いて、また片方の手でコロ太の手綱を引いて、林の方へと向かった。
「なんだ、なーんだ、ちょっと残念ですね。ちょい役なんですね」
「当たり前だよ。いきなり素人に大事な役なんてやらせる訳ないだろう。そんなことができるなら、俳優なんて職業は要らなくなっちゃうよ」
「けどけど、せっかくミーちゃんと一緒のドラマにでるのに。適当にお話しするだけなんて。もうちょっと、ミーちゃんのお姉ちゃんとして、私も目立ちたいです。活躍したいです。ねぇ、お兄さん。お兄さんも活躍したいですよね。ミーちゃんみたいに、有名人になってみたいですよね」
 なりたくないね、そんな面倒くさい物には。観鈴に聞こえて、不用意に彼女を傷つけるわけにもいかない僕は、そんな思いを喉の奥に呑みこんだ。