「僕の甘味の少ない幸せな青春その二十六」


 そこそこにテレビで見た顔が揃っているテントの中で、僕と観鈴と味噌舐め星人はお弁当を食べた。芸能人が食べる弁当というから、どれだけ豪華な物だろうかと期待したが、普通にその容器にはほか弁の文字がプリントされていた。今の時代、どこもかしこも節約だ。地方キーのドラマなんてまさに格好の経費削減対象だろう。ろくな飯も出ない、ろくな視聴率も稼げない、まさに悪循環。そんな中にあって、何故かスタッフが生き生きとしているのはなぜだろうか。やいのやいのと元気な声がテントの中には満ちていた。
「へぇ、良い感じの職場だな。こりゃ撮影も楽しいだろ観鈴
「そうなのです。大木監督の撮影は、雰囲気がとってもとーっても良い事で業界では有名なのです。だからちょっとくらいギャラが少なくても、やるって人が多いんですよ。まぁ、作品は今一つ知名度にかけていますが」
 ふぅん、と、観鈴の話に相槌を打って、僕は改めて周りを見渡した。
 見知った顔が多いなとは思ったが、その中には、どうしてこんな安っぽいドラマにという感じの大物俳優達が確かに混じっている。しかも、テレビで見るときの様な尊大さを感じさせない、妙にリラックスした感じでだ。
 服装も、なんだか普段着という感じだし。これ、本当にドラマの撮影か。
「お兄さん、お兄さん。見てください。あの人、テレビでよく見ますよ。こんな所でお弁当食べて、実は普通のおじさんだったんですね」
 そんな訳ないだろ。と、味噌舐め星人の頭を叩いてみたは良いが、自分でも実はそうなんじゃないだろうかと、不安な気分になってしまう。この人達は本当に役者なのか。実は監督が見つけてきたそっくりさんということは。
 そんな風に僕が勘ぐった矢先、芸能人の一人が僕の視線に気づいて、こちらに向かって手を振った。思わず手を振り返してしまったのは、その芸能人が、今流行のアイドルだったからに他ならない。これは間違いない、間違いなくこの笑顔は、このたまらない幸福感は、本物でなければ出せない物だ。
「いやぁ、本当に助かりましたよ、ありがとう。なにせね、こう今私達の撮影もカツカツな状況でしてね。人件費を割けない状態なんですわ。もちろん犬に回す予算もなくて。駄目もとで相談してみて本当によかったですよ」
 今をときめくアイドルに手を振られて呆けている僕の肩を、監督は気さくな感じに軽く叩くと、自然んな流れで僕の隣に座った。手にはビールの入った紙コップ。これからも撮影があるだろうに、なんと豪胆な人だろうか。いや、この場合はなんと不真面目な人なのだろうか、という所だろうか。見るまでもないような赤ら顔をしている監督は、手に持ったビールをぐいと飲み干してぷはぁと酒臭い息を吐いた。これは、既に随分と飲んでいる匂いだ。
「いや本当にね。御園さんにはお世話になりっぱなしですよ。よろしく言っておいてくださいね、お兄さんからも。監督がよろしくって言ってたって」
「はぁ。そうなんですか。会う機会があれば伝えておきます」
「いや犬に加えて二人もエキストラ付けてくれるなんて。そうそう、特別にね君達には台詞も用意しているから。役はね、新婚の若い男女という役ね」
 は、ちょっと待て、なんだそれ。そんな話、僕は少しも聞いていないぞ。