「僕の甘味の少ない幸せな青春その二十二」


 味噌舐め星人がコロ太を毛嫌いしているのは、もうどうにもなりそうになかった。加えて、コロ太が彼女を許そうとしていないのが輪をかけて、彼女達の不幸な溝を深めていた。まぁ、仕方ないだろう。味噌舐め星人はコロ太に噛まれたトラウマで、まともにコロ太と接することができないのだ。コロ太はと言えば、妹の存在意義を奪った彼女を、決して認めはしないだろう。彼らがこれからの長い歳月を、いがみあって生きて行くのだと思うと、僕はなんともやるせない気分になった。もし、彼と彼女とを隔てる精神の壁を溶かすことができたならば。僕がそうだったように、コロ太の意識を、少しでも死んでしまった詩瑠から、詩瑠の死の呪縛から、解き放つことができたならば。無駄だとは分かっていたが、そんな事を考えずにはいられなかった。
 僕の仲裁によって、痛み分けに終わった味噌舐め星人とコロ太の喧嘩。半べそを描く味噌舐め星人をリビングに残して、僕はコロ太を抱えて自分の部屋へと戻った。コロ太、お前も、いいかげん自分がどれだけ不毛な事をしているかって、分かっているのだろうに。生きている人間を、呪って生きることにどれだけの意味があるんだ。けれども、それは僕が過去に経験した過程で、それでもと、納得してしまった事であって。彼にかける慰めの言葉を見つけることができない僕は、また、ゆっくりと彼の頭を撫でることしかできなかった。賢いもので、コロ太は僕の撫で方から、全てを悟ってくれたらしく、僕の心を慰めるように、抱えられ近くなった僕の顔を、何度も何度も、優しく舐めてくるのだった。本当に、コロ太、お前は優しい犬だな。
 コロ太と自室に戻った僕は、腕の中の彼をベッドの上に放り投げて、その隣に背中から飛び込んだ。ちょうど、彼の頭と同じ位置に背面から落下した僕は、すぐに隣に寝転がる彼の頭を抱え込み、わしわしとその頭を撫でた。
「コロ太、お前、もういい加減辛いだろう。詩瑠の事を忘れろとは言わないけれど、あんまりアイツに縛られるな。死んでしまった人間に、縛られて生きるほど、僕達の人生は価値のない物じゃない。詩瑠だってそうだった。彼女は、いつだって、自分の死の運命に背中を向け、遠ざかろうと精一杯走っていたじゃないか。なのに、コロ太、なんでお前は彼女に縛られるんだ」
 言って分かるとは思わなかった。それはコロ太が畜生だから、犬だからという訳ではない。彼の中に宿った詩瑠への忠誠心は、簡単に覆すことができないだろうと、そう感じたからに他ならない。そうだ、コロ太の詩瑠に対する忠誠心は本物だよ。もうどうやっても、救い難いくらいにね。
 案の定、コロ太は僕の問いかけから視線を逸らした。彼は僕の言葉を拒否したのだ。僕の提案に賛同できないと、きっぱりと答えてみせた。
 やれやれ、飼い犬にきっぱりと提案を断られるだなんて。僕はなんて情けのない飼い主なんだろうね。しかしながら、自分の情けなさを恥じる気持ちはあっても、それをなんとかする力なんてものはないのだ。ますます自分というちっぽけな存在を知覚して、どうにも情けなくなった僕は、コロ太を抱いて目を瞑り、この打破しようのない残酷な現実から逃げることにした。
 忠犬であるコロ太が、情けない僕の睡眠を邪魔することはなかった。