「僕の甘味の少ない幸せな青春その二十一」


 脱衣所でコロ太を拭き終えると、僕は先にコロ太を脱衣所の外に出した。彼がリビングへと駆けて行く足音を聞きながら、僕は洗濯機の上蓋の所に置かれている、濡れていないバスタオルを手に取ると体を拭いた。一通り拭き終えると、ジーンズを穿きTシャツに頭を通す。もう一度、頭をしっかりとバスタオルで擦り上げると、給湯器の電源を落とし、しとどに濡れたバスタオルを脱衣籠に放り込んで、僕は脱衣所から廊下へと出たのだった。
 さて、コロ太の奴、リビングの方へと駆けて行ったみたいだが。階段を駆け上がったなら、もっと音が良く響いているはずだ。それに、リビングにはまだ味噌舐め星人が寝ていたはずだが、どうなっているのだろう。少し気になって、それこそ、寝ている内に味噌舐め星人の奴が、コロ太に噛まれているのではないかと心配になって、僕は早足でリビングへと向った。すると、リビングのソファーでは、味噌舐め星人が相変わらず間抜けな顔をして眠っていた。その横には、味噌舐め星人の様子を伺って座っているコロ太。
 寝ている女の子に襲い掛かるほどの外道ではない。どうやら、僕と詩瑠の教育もあって、コロ太は随分と紳士な犬に育ってくれたようだ。よしよし、よく襲わなかったなと頭を撫でてやると、コロ太は静に頭を垂れた。
「うぅん、うん、どうしました、お兄さん。どうかしましたか?」
 味噌舐め星人が瞼を擦った。俺が急いでやって来たので、何かあったのだと勘違いしたのだろう。妙な所で気の付く女だ。できれば、もう少しその気の使い方を違う所に注いでくれると助かるのだけれども。まぁ、いいか。
 ゆっくりと、ソファーの背もたれに手をかけて体を起こすと、味噌舐め星人は大きな欠伸をした。そして、ふと視線を下に落として、ソファーの横に居る白いもこもことした生物を暫く見入っていた。人間、驚くと声も出なくなるものだ。彼女がそうなってしまうのは、なんとなく僕には理解できた。
 そして、思い出したかのような叫び声がリビングに響く。
「どうしてですか、なんでですか、なんでここにゴロゴロが居るんですか。いつの間にやってきたんですか。嫌です嫌です、あっち行ってください。寝ている間に卑怯者です。そんな奴とは思ってなかったのです、この駄目犬」
 おいおい、それなら黙って寝てるお前に噛みついてるっての。お前が寝ているのを知って、大人しく何もせずに待っていたコロ太に、それは酷い。可哀想になコロ太と、俺は未だにソファーの前で待てをしている忠犬の頭を撫でてやった。すると、ばうと一声、吼えたと思うと、コロ太は味噌舐め星人に噛みついた。まぁ、見た目からして、甘噛みだとすぐに分かったが。
「ぎゃぁっ、噛みついた、ほら、お兄さん、噛みついてきましたよ。ゴロゴロが乱暴してきましたよ。ほらほらほらほら。こんな凶暴な犬、一緒に住めませんよ。捨ててください、捨ててください。コロ太捨ててください」
「だからそんな簡単に捨てれるもんじゃないって言ってるだろ。だいたい、コロ太はお前のことをだいぶ気遣ってるんだぞ。今だって甘噛みだし、さっきまでだって、お前が起きてくるまで、何もせずに待ってたんだから」
 しかし、しりませんしりませんと、味噌舐め星人は頑なに首を降った。