「僕の甘味の少ない幸せな青春その二十」


 コロ太は観念したのか、僕に抱きかかえられて部屋を出てからは、あまり暴れることはなかった。階段を下りて風呂場に入ると、僕は脱衣室と廊下を隔てている扉を閉め、念のために鍵をかけた。それから、コロ太を脱衣室の床に降ろして、服を脱いだ。脱衣籠には服は入っていない。そもそもからして、この時間に風呂に入ることはそうそうない。味噌舐め星人は割と風呂には無頓着で、僕が注意しないと自分から入るようなことはしなかった。僕もあまり風呂に入るのは好きではない、というよりは、あまり風呂に長く入って居られないというのが正解だろうか。どうにもこらえ性のない僕は、長湯することなどほとんどなく、まるで食べ物を湯通しする程度に風呂に入り、すぐにシャワーを浴びて体を洗うと浴室を出る、なんて事が多かった。
 犬は飼い主に似るというが、そういうことなのだろうか。コロ太、お前って奴は。そういう所は綺麗好きの詩瑠に似ておけばよかったのに。
 給湯器の電源を入れると、明らかに意気消沈したコロ太を抱き上げて、僕は浴室に入る。まだ浴槽にはお湯は溜まっておらず、空っぽのままだった。まだ誰も掃除をしていないので、昨日の湯垢などが底にたまった浴槽に、俺はコロ太を降ろして、壁にかけてあるシャワーを手に取った。よし、とりあえず、軽く濡らさない事には、シャンプーも無駄にかけることになるだろうからな。勢いよく蛇口を捻ると、出がけの水をそのまま排水溝に流し、温かくなるのを待って、僕は浴槽のコロ太に頭からシャワーを浴びせかけた。
 子犬のような可愛らしい声をあげて鳴くコロ太。最近は、昔と比べて低い声で鳴くようになったと思っていたのだが、まだ、こんな声もでるのか。嫌がって、浴槽の中で暴れまわり、垢まみれの底をモップの様に洗うコロ太。これは浴槽の掃除には便利だが、コロ太の掃除が少し面倒になるな。良い按配に濡れたのを見計らって、僕はシャワーの蛇口を逆に捻った。シャワーが収まると、まるで何事もなかったかのように、大人しくなるコロ太。その体は、水にぬれたせいか、いつもよりも少し灰色がかって僕には見えた。
 洗い場に置かれているシャンプーを手に取ると、今度はシャワーの代わりにシャンプーの雨をコロ太に浴びせかけた。その背中に点在するシャンプーの水たまりに手をかけて、少し力を込めて擦ってやれば、コロ太の毛から白い泡が湧き上がる。浴槽の中に入り、両手でコロ太の体を揉みほぐせば、すぐに白色の大きなワンコさんは、三杯サイズに膨れ上がってしまった。
 ははっ、良い恰好じゃないか。笑ってやると、悲しそうな鳴き声を上げるコロ太。ちょっと大きなトイプードルか、はたまた冬の羊さんか、こんなに可愛い生命体に鳴れたというのに、何が不満なのだろうか。まぁいい、コロ太が暴れて、当たりに泡が飛び散らないように、早く洗い流してやるか。
 浴槽から引き揚げたコロ太に、熱いシャワーを浴びせる。今度は暴れるようなことはせず、大人しくコロ太はシャワーを浴びていた。まぁ、泡だらけというのは結構むず痒い物がある。早く洗い流せるなら、そちらの方がありがたい、そういうことなのだろう。また、コロ太の体を手で擦りながら、僕はその体に着いた大量の泡を効率的に洗い流していった。