「僕の甘味の少ない幸せな青春その十九」


 コロ太を抱きながら僕はサンドウィッチを食べた。物欲しそうな目で、コロ太は僕を見つめてきたが、変な物を食べさせてコロ太に調子を悪くされたら、天国で詩瑠に会わす顔がない。駄目だぞコロ太、お前にはちゃんと朝ドッグフードをあげただろうと、僕は彼の頭をかいぐり撫でまわして宥めすかすと、そそくさと手に持った玉子サンドを胃袋の中へと放り込んだ。
 僕の手から玉子サンドがなくなると、途端にコロ太は大人しくなった。そんな彼から僕は一旦離れると、ベッドから起き上がり本棚へと向かう。何か漫画でも読む事にしよう。そうだな、こんな時には、とびきり笑える漫画が良い。本棚の手前、お気に入りのギャグ漫画コーナーから、原色で淵の彩られた現代鳥獣戯画を取り出すと、僕は再びベッドに寝転がった。
 この漫画に出てくるキャラクターは、どれも頭のネジをどこかにやってしまった様な奴等ばかりだ。その中でもとりわけ強烈な存在であるバカは、僕にある意味で生きる勇気を与えてくれた。こんなどうしようもない生き物でも、何だかんだで生きていけているのだ。僕だって、生きて行ける。そういう前向きな気分に、漫画の中のバカを見ていると、思えてくるのだ。それはそう、今日入ったコンビニの店長に抱いた感情と同じ。世の中は僕が思っているほど残酷ではないし、難しい物でもないのだと、なんとなく救われた気分になるのだ。もっとも、救われるにはそれなりの行動も必要だが。
 鳥獣戯画の中でバカは浜辺でたそがれて血液をサラサラにしていた。そしてその次のページでは、サッカーの特別ゲストとして現れて、村一番の戦士に腕を刺されて悶絶していた。まったく意味が分からない。実にアナーキーな漫画だよ。せっかくだから、どこぞのアニメ会社に是非アニメ化していただきたいものだね。作者以外にこの世界観をできるとは、到底思えないが。
 そうして持ってきた漫画を読み終わった頃には、僕はちょうどうとうとと眠たい気分になっていた。コロ太を抱き枕に、僕は大きな欠伸をすると、今度は彼の胸に顔を押し付けた。少し匂う。そう言えば、最近コロ太を風呂に入れて居なかったな。うぅん、せっかく素晴らしい抱き心地だというのに、臭いのせいで台無しだ。これは近いうちに風呂に入れてあげるべきだな。
 近いうちなどと言わず、今入れてやろうか。近いうちに、近いうちに。そうやって引き伸ばしていった所が、この有様なんじゃないだろうか。
「コロ太、お前、ちょっと匂うな。久しぶりに一緒に風呂でも入るか」
 わうと鳴いて、コロ太はそそくさと僕の腕の中から逃げ出した。まるで猫のように、カリカリと扉をひっかいては、部屋の外へと出ようとする彼に、僕はゆっくり後ろから近付くと、よいしょと抱きかかえてやるのだった。
 この我が家の忠犬は、大きななりをしておいて、お風呂が苦手なのだ。
 小さい頃からどうにも風呂を嫌がって、風呂場に行こうとしない。むしろ平時から風呂場を避けている。そのくせ、水たまりを見つければ飛び込んで行って、泥水まみれになったりするのだから、どうもよく分からない。
「駄目だぞコロ太。綺麗にしとかないと、詩瑠が悲しがるぞ」
 じたばたと、僕の腕の中で暴れる彼に声をかけて、僕は部屋の外に出た。