「僕の甘味の少ない幸せな青春その十六」


 こんな生活をしていては駄目だ。昼下がり、ご飯を食べ終えた僕は唐突にそんなことを思った。大学にもろくに行かず、アルバイトだってすることもなく、毎日毎日無駄に時間を浪費して。こんな人間が、一人で生きて行けるはずがない。そうだ、自立して生きて行くのだと、味噌舐め星人が詩瑠と入れ替わったあの日に誓ったじゃないか。なのに、どうして、こんな酷い有様になっているんだ。別に何かきっかけがあった訳ではない、突然、そう、まるで夢に懐かしい思い出を見たように、僕は突然そんなことを思った。
 そんな僕の葛藤の事などまるでどうでも良いように、僕と同じソファーに腰かけていた味噌舐め星人は、呑気な欠伸をして目じりをくしくしと擦る。お兄さん、今日の昼ドラも退屈ですね。そうだな、確かに今日の昼ドラも退屈だ。そうだ、こうして彼女と昼ドラを見るのが僕の日課となっている。こんな生活をいつまでも続けていて、良いはずがない、良いものか。
 どこへ行くんですかと尋ねてきた味噌舐め星人に、ちょっと外の空気でも吸ってくるよと言って、僕は家を出た。別に外の空気なんて、窓を開ければ吸えるというのに。酷い嘘だなと、自分でも気の利かなさに呆れてくる。
 あの場に居続ける事などできなかった。リビングに居続けることが、恥ずべきことのように思えたというのが大きい。別に、今更、僕の最低さは、あの部屋から居なくなったところで、変わらないというのに。逃げても逃げなくても、結局落ち込むのではないか。なら、出て落ち込んだ方が良い。
 ポケットから煙草を取り出して、火をつけると、僕は辺りを見た。昼下がりの街はやけに静かで、風の音や、遠くで犬の吼える音しか聞こえない。喧騒も何も無さすぎて、本当に、ここは人の住んでいる街なのかという気分になる。まぁ、平日ならばこんなものか。自分を見つめ直すには丁度いい。
 煙草をゆるゆると吐きながら、僕はあてもなく街をうろついた。幸いな事に、僕は知り合いと会うこともなく、街を歩き終えると、家の近くのコンビニに入った。何か、ジュースでも買って行こう。そういう事ならば、味噌舐め星人の奴も、僕が家を出て行ったことを納得してくれるだろう。いやらしい話だが、ついでに味噌味のおかずの一つでも買って行ってげれば、きっと僕が居なくなったことなど、どうでも良いと思ってくれに違いない。
 少し涼しい店内に入ると僕はとりあえず、味噌汁の置いてあるコーナーを探した。カップスープのコーナーにあるかと思ったが、何故だか見当たらない。ならば、レトルトカレーなどのコーナーにあるのかと思えば、そこにもない。いったいどこにあるのだろうかと、ふとカップヌードルのコーナーを覗けば、何故だかヌードルに交じってカップ味噌汁が陳列されていた。
 どう考えても陳列ミスだ。まったく、酷い仕事ぶりじゃないか。こんな仕事で良いのならば、素人の僕にだってきっとできるだろう。そうだな、いっそ、コンビニで働いてみるのも良いかもしれないなと、僕は思った。
 カウンターを見れば、眠たそうな顔をした肥った男が立っていた。先程から、客がそわそわとカウンターの様子を伺っているというのに、我関せずという感じだ。あの男よりは、まだ、俺の方が使える自信がある、な。