「僕の甘味の少ない幸せな青春その十七」


 男は終始マイペースだった、しかしながら、失敗をすればそれなりに焦っていた。いや、マイペースというのは彼の就業態度を指して適切ではないだろう。彼は怒られれば大いに恐縮し、話しかけられればおおげさに驚き、会計をする時は決して客と目を合わさず、それでいて、他の店員に仕事の荒さを指摘されれば、はいはいと、聞きたくなさ気に視線を逸らした。
 こんな態度でよく首にならないなと思いつつ、僕はその男に少し興味が湧いた。多くの人間が彼の様な男に対して、少しの関心も持たないだろう。なのに何故、僕は彼の事が気になったのか。あまり認めたくはないのだが、僕は彼のどうしようもない姿の中に、今の自分を重ねていたのかもしれない。あるいは彼が自分よりも低次元に属している人間だという事を、もっと自覚したかったのかもしれない。なんにせよ、糞みたいな自分の愚劣さを、肯定したいが故の発想には違いない。彼にも悪いし、自分でも後味が悪い。どうしてこうも、僕は残念な人間になってしまったのだろうか。味噌舐め星人が来たから。そんなことはないさ、前からこういう自分の中にある、どうしようもなく愚かな部分を、少なからず僕も自覚していたのだ。それを今の今まで見つめもせず認めもせず、直せず、直そうともしないのだから、僕という奴は、本当に救い難い愚か者なのだろう。まぁ、そんな自分の愚かさを悲観してみた所で、どうにもならないということも、知っているのだが。
 本当に、彼の様な人間でも働くことができるのなら、社会でやっていくことができるのなら。その時の僕はすがるような気分で、コンビニの書籍コーナーで本を読むふりをして、彼の働いている姿を見つめていた。
 二時間ほど、雑誌を替え、思い出したかのように店内を歩き回り、コンビニで過ごした僕は、流石にその愚かな店員の姿を観察するのに飽きてきて、そろそろ帰ろうかと手にしていた雑誌を棚に戻した。本を真剣に読んでいたわけではないが、これだけ長居をしておいて、そのまま帰るというのも、なんだか気が引ける。丁度お腹も減っていた事だし、味噌舐め星人へのお土産も買わなくてはいけない。僕はおにぎりのコーナーへと移動すると、肉みそのおにぎりと玉子のサンドウィッチを手に持ってカウンターへと向かった。
 何の因果か、いや、カウンターに向かう前から分かっていたことだが、僕の手から商品を受け取ったのは、その、僕が観察を続けた、駄目な店員さんだった。彼は少しも手慣れていない感じの手つきで、ゆっくりと商品のバーコードをレジスターに読み込ませると、やけに不安げな調子で合計金額を僕に告げた。本当に、よくこんなのでお仕事が務まるな。いや、務まっていないか。きっと研修中のアルバイトか何かなのだろう。しかし、近くで見てみると、相応に歳をとっているようだが、もしかして、リストラされて、仕方なくコンビニのアルバイトをしているとか、そういうことなのだろうか。
 その時、ふと、彼の制服の胸元に付けられているプレートが目に入った。そこにはよく見える大きな文字で、店長、という文字が書かれていた。
「ありがとうございました、どうぞまた、ウチの店をごひいきに」
 あまりの衝撃に、僕がレジ袋を受け取るまでにかなりの時間がかかった。