「僕の甘味の少ない幸せな青春その十五」


 コロ太は相変わらず味噌舐め星人に吼えかかった。観鈴が居る時は、彼女が宥めすかしてなんとか事なきを得たが、居ない時などはそれはもう酷いことになった。どたどたと、家の中を駆けずり回った味噌舐め星人は、最終的には俺の部屋へと逃げ込んでくるのだ。頬は涙でずぶぬれで、鼻水なんかも混じっている。年頃の女の子の顔なんかじゃないが、そんなことも気にならないほどに、コロ太のことが怖いという事なのだろう。なんてことはない、あの犬も一皮剥けば、彼女と同じで臆病者だというのに。その証拠に、僕が居ると分かっているのか、僕の部屋に駆け込んだ味噌舐め星人に、決して彼は吼えかけることはしなかった。これが詩瑠の部屋に逃げ込んだならば、僕か観鈴が止めに出てくるまで、決して吼えるのを止めようとしないのに。
 その日も、味噌舐め星人は涙目で僕の部屋に駆け込んできた。右手を左手で押さえてえぐえぐと嗚咽を漏らしている。どうしたんだと、いかにも聞いて欲しそうな素振りだったので、軽く無視してあげると、どうして心配してくれないんですか、と、彼女は僕に突然キレてきた。そんな大げさに心配してほしそうにしているからさと言ってやると、意味が分かりません、酷いです酷いですと、いつものように僕を攻めてきた。こいつは、なんでもかんでも人のせいにしてくれて。心配されて当たり前だなんて、どれだけ自意識過剰なんだろう。まぁ、それを叱ってやっても、分かる脳みそがないし、これはこれで面白いから、もう僕としても何も言わずに放っておくのだが。
 見てください、これ、見てください。濡れている手を僕に差し出して、味噌舐め星人はすすり泣く。見るには見たが、いったいどうしたというのか。涙でぬれているだけだろう、と、思った時、嗅ぎ馴れた臭いが俺の鼻孔をくすぐった。この匂いは、コロ太のご飯、ドッグフードの匂いだ。つまりは、コロ太の口臭だ。うわぁ、なんて匂いだろう、改めて嗅ぐと酷い悪臭だ。
「噛まれたんです、あのゴロゴロに。ソファーで寝てたら、いきなり私の手をパクって食べてきたんです。もう嫌です、あんな怖い怖いゴロゴロと、私は一緒に居たくありません。お兄さん、ゴロゴロを捨ててきてください」
「簡単に言ってくれるな。今のご時世犬一匹捨てるのにも、色々と手続きとかがあって面倒なんだぞ。それに、コロ太は僕たちの大切な家族だ。詩瑠にも確りと世話してくれって頼まれてるんだ。簡単に捨てれるもんかよ」
「けどけど、私はあのゴロゴロに何度も嫌な目に合わされてるんですよ。ゴロゴロの奴にいじめられてるんですよ。そんな危険な生物を、家族だなんておかしいです。いつかきっとゴロゴロはお兄さんにも意地悪しますよ。ミーちゃんだってそうなるかもしれません。危険ですよ、捨てちゃいましょう」
 大丈夫だよ、ゴロゴロが嫌いなのはお前だけだからと、僕は軽く味噌舐め星人の直訴を流してやった。本当、いつまでたっても馴染んでくれないな。一カ月もすれば、コロ太も馴れてくれるかと思ったが。人懐っこい犬のはずなんだが、いったい、味噌舐め星人に限ってどうしたというのだろう。
 はっ、決まっている。俺と違って、あいつは律義者なんだよ。死んだ詩瑠の為に、憐れな彼女の為に、まだ、この代わりの家族を認められないのさ。