「僕の甘味の少ない幸せな青春その十四」


 何だかんだで彼女のペースに流されているという自覚はあった。それを煩わしく思わなくなったという自覚もあった。なぜ、あんなにも嫌っていた彼女を、こうして平然と受け入れられるようになったのか。今になって冷静に考えてみると、俺もまた父や母と同じだったのだと痛感する。つまり、俺もまた詩瑠の代わりを求めていたのだ。そして、その代わりに、欠けてしまった僕の日常に、彼女は見事に適合してくれた。意識的に、僕がどれだけ彼女の事を妹と認めようとしなくても、今でも彼女の事を妹として認めていなくても、気づけば彼女は僕の中で、詩瑠に代わる存在に成り代わっていた。
 人の存在というのはこんなにも軽い物なのか。味噌舐め星人と楽しく会話した夜、寝る前などにふとそんな申し訳なさが僕を襲う。このくだらなく続いて行く日常の中で、ただ一つ心のよりどころだと思っていた妹の存在が、こんなにも簡単に代替の効くものだったなんて。妹に対する申し訳なさと、そうは思っても味噌舐め星人を受け入れてしまう自分の弱さ、その二つが眠れぬ僕の精神を叩きつける。何度、こんな気分では眠れないと、起き上がったことだろうか。寝不足で、おぼつかない足取りでリビングに降りて、先に起きて、テレビを見ながら俺が来るのを待っていた味噌舐め星人に、おはようと声をかけただろう。そして、もう、おねぼうさんですね、お腹ぺこぺこです、と、彼女に言われて、五月蠅い、そう思うなら自分で作れと、笑いながら言っただろうか。どんなに意識しても、もう、無理なのだ。
 僕は布団からはい出ると、本棚にしまってあったアルバムを手に取った。それは、僕が産まれた時から今日まで、父と母が撮ってくれた写真に、自分が家族旅行なんかで撮った写真をまとめたものだった。写真の中で、元気に笑う詩瑠の姿を、僕は静かに眺める。やはり、どこをどう見ても、この詩瑠と、味噌舐め星人は違う。別物だ。顔つきは同じ、髪の色も同じ。もし、今の味噌舐め星人を幼くすれば、この写真の中ではしゃいでいる詩瑠と、同じような顔つきや背格好になっていただろう。それは、想像できた。しかし、何かが違うのだ。違っているのだ。彼女が持っている雰囲気とでもいうのだろうか。姿形は似ているが、けっして同一足らしめない何かが、写真の中の詩瑠と僕達の前に現れた偽物の詩瑠の間に、確かに存在しているのだった。
 いっそ、それがなければ、どれだけ気が楽だっただろう。父さんや、母さんや、観鈴の様に、死んでしまった詩瑠の事などすっかりと忘れて、味噌舐め星人を妹として受け入れることができたら、どれだけ幸せだっただろう。
「ごめんな、詩瑠。駄目なお兄ちゃんで、ごめんな。けど、辛いんだよ。お前が居なくなって、お兄ちゃんも辛いんだ、ごめん、分かってくれよ」
 アルバムの最後に近づくにつれて、やつれて行く写真の中の詩瑠。やがて病院服になり、白髪でこちらに向かって満面の笑顔でピースサインをする彼女を、その写真の中に見たとき、僕の瞳から熱い液体が零れ落ちた。
 そして、その写真の隣に、最近撮ったばかりの、涎を垂らしてソファーで眠る味噌舐め星人の写真が貼ってあるのを見ると、僕はもう、どうしようもなく、自分がこの世で最も愚かな生き物のように思えてくるのだった。