「僕の甘味の少ない幸せな青春その十三」


 知らない妹との生活は続いた。彼女は人懐っこくそしてしつこく、僕の事を兄と呼んではなにかにつけてまとわりついてきた。僕はそんな彼女に、決して優しくすることはなく、あくまで他人という線引きをして接した。それは、例えば彼女が味噌汁をこぼして泣いた時に、床やその濡れた手を拭くのを手伝ってやることだったり、楽しみにしていた味噌汁が飲めなくなったと物欲しそうに僕の方を見る彼女に、味噌汁を分けてやらないことだった。
 そう、味噌といえば、この偽物の詩瑠はなぜか味噌に執着した。
 朝食は何が何でも味噌汁が良いと言って聞かず、パンを作ろう物ならば、なんでですかなんでですか、味噌汁が良いと言ったのにと、大暴れしてくれた。なんでですかはどちらかといえばこちらの台詞だ。なんでお前はそこまで味噌に執着するんだ。死んでしまった僕の妹も、味噌汁は嫌いじゃなかったが、そこまでの執着は見せなかった。きっと、彼女の素なのだろう。
 そうして共同生活が一カ月もたつ頃には、我が家の食生活はすっかりと彼女中心に回るようになっていた。朝は味噌汁、昼は味噌ラーメン、夕食には回鍋肉だとか麻婆豆腐だとか、鯖味噌なんかをよく作るようになった。一カ月で、味噌パックを二つも消費することになるだなんて、あきらかに異常だね。しかしながら、下手に彼女の機嫌を損ねて、殴られるのも嫌だった。別に痛くもなんともない、実に非力なパンチだったが、泣きわめきながら延々殴られれば、流石に辟易となる物だ。なに、味噌料理させ食べさせれば、あとは大人しいのだ。さしずめ、味噌舐め星人といった所だろうか。
「おい、味噌舐め星人。今日の夕食は豚汁で良いか」
「いいです。豚汁、美味しいから大好きです。あっ、ちょっと、待ってください。あの、お兄さん、今さっき私の事、なんて言いましたか?」
「味噌舐め星人。味噌ばっかり食ってるお前に、実にお似合いの仇名だ」
 違います、違います、私はお兄さんの妹です、撤回してください、と、彼女はすぐさま僕に殴り掛かってきた。ぽかぽかと、僕の胸の辺りを狙って、その小さな拳を振り下ろす。まったく痛くない、むしろ心地いいくらいだ。これで無駄に喚いてくれなければ、いつまでだってこうしていたいものだ。
 ひとしきり僕の胸を叩き終えた味噌舐め星人は、むくれっつらで僕から離れると、リビングのソファーにダイブした。そうして、白い毛に覆われた抱き枕を抱え込むと、いじけた感じにそれに顔をうずめるのだった。
「拗ねるなよ。事実なんだから仕方ないだろう」
「でもでも、酷いです、味噌舐め星人なんて、そんな名前。もっと、可愛いのが良いです。味噌舐め星人じゃ、格好わるわるの、ださだささんです」
 だって、格好わるわるのださだささんなんだから、仕方ないじゃないか。
 それ以上の追い打ちをかけてやるのもかわいそうだったので、僕は何も言わずにキッチンに立った。そして、エプロンを身に着けると、味噌が好きで好きで堪らない、偽物の妹の為に、美味しい豚汁を作ってやるのだった。
「お兄さん。今日は味噌茄子も作りませんか、味噌茄子も美味しいですよ」
「あぁ、はいはい。分かったよ、茄子があったら作ってやるよ」