「僕の甘味の少ない幸せな青春その十一」


 詩瑠の偽物が部屋から出て行ったのを確認すると、重い体を引きずって俺は布団から這い出した。そして、部屋の扉に鍵をかけると、咽喉の辺りに溜まっていた澱んだ空気を盛大に吐きだした。ついでに体の疲れも一緒に吐きだしてやりたかったが、そんな器用な事など出来るはずもなく、僕はまた自分のベッドに戻ると、枕に顔をうずめるようにして寝転がった。
 そうして数分も立てば、僕の意識は現実世界から毀れ落ちていた。
 再び僕が現実に復帰したのは、それから五時間後の事だった。もう夕方かと、一目で分かるほど暗くなった窓の外。重たい空気の中で目覚めた俺は、貴重な一日を不意にしてしまったなと、後悔しながらベッドから出た。
 眠ったおかげで、少しは気分がよくなったかといえば、確かによくはなっていた。しかしながら、またあの馬鹿女と顔を合わさなくてはいけないと思うと、すぐにも気分が悪くなってきた。出来ることなら、どこかに去ってほしいが、そうはいかないのだろう。彼女は俺の妹、という設定なのだから。
 腹が鳴る。そう言えば、昨日からろくなご飯を食べていない。いいかげん何か食べた方が良いだろうなと、俺は部屋を出てリビングへ向かおうと、扉を手前に引いた。すると、引いた扉の手前に、盆に乗った土鍋が置いてあるではないか。湯気こそ立っていないが、そこはかとなく匂う米の香り。
 蓋を開ければそこにあったのは何故か茶色いおかゆ
 いったい、誰が作ったのだろうか。最近めっきり大きくなったとはいえ、観鈴はまだ子供、おかゆなんて作るどころか、コンロだって上手く扱えないに違いないだろう。そうすると、あの詩瑠の偽物が。いや、けれども、たいして料理が得意な風には思えなかったが。どうなのだろう。
 とにもかくにも、せっかく作ってくれたのだから、食べない訳には行かないだろう。僕は廊下に置いてあったお盆を手に取ると、それを持ったまま、部屋の扉を押して閉めた。そうして、また五月蠅い奴がやって来ないように鍵をかけると、再びベッドの上に腰かけて、膝の上に盆と土鍋を載せた。
「茶色いおかゆなんてきいたことないぞ。醤油でも混ぜ込んだのか」
 それはどちからというとおじやだな。なんて思いながら、僕は土鍋にレンゲを入れた。口元まで、その茶色く米が炊かれた物を運べば、大きく口を開いて咀嚼する。噛めば噛むほど濃くなる味に、なんとなく、このおかゆの茶色成分が何者であるかと悟った時、スプーンは黒い塊をすくいあげていた。
 それはそう、所謂この地域では定番のみそ、赤みそという奴だった。
 まさか味噌で米を炊くとは。やっぱりこれはおじやだなと、なんとなく思いながら僕は、黒い塊を鍋の中から別の皿の上に移すと、鍋からもう一掬いして口に運んだ。そう、ぱくぱくといけるような物でもない。ぶっちゃけた所を言えば、僕の好みの味ではない。ついでに、余計なお世話かもしれないが、僕以外の人間でも好みの別れる味だろうとも思った。こんなのは、よっぽど味噌料理が好きな人でもかない限り、耐えられないんじゃないか。
 なんとなく、彼女に申し訳ない気分はしたが、俺は土鍋の中身を半分も食べないままにすると、お盆を持って自分の部屋を出たのだった。