「ビネガーちゃんは老人の相手をする」


「まさか、そんな、アタシは御呼ばれしただけですよ。ここの主人さんは、アタシの所謂パトロンさんの一人でしてね、色々と世話して貰ってるんす。ご飯の世話とか、寝床の世話とか、お小遣い貰ったりとか。その代り、私も彼の世話をしたりして。持ちつ持たれつって奴ですね。あ、けど、やましいこととかは何もないっすよ。私達は、プラトニックな関係なのですよ」
 もし本当にやましい所がないのなら、プラトニックなんて言葉は出てこないだろうに。怪しい話だな、若い娘を純粋に援助する老人だなんて。俺ならまず、そんな奴は信用しないだろう。何かやましい魂胆でもあって優しくしてくるのだ。きっといつか、今まで貢いだ金を返せと言って、無理に関係を迫ってくるに違いない。だいたいだ、本当に、若者を支援したいというのなら、もっと、俺をここに連れてくるのだって、上手くやってくれるはずだ。
「そういうお兄さんこそどうしたんすか。そんな男前になって。もしかしておやっさんに目を付けられたんすか。ありゃりゃご愁傷様ですね。せっかく男前になったのに、これからコンクリートでおめかしされるんですから」
 おいおい、お前までそんなバカバカしい事を。まかり通ってたまるかよ、このご時世にそんな無法で外道な行為が。と、強がって思ってみるが、どうにも体の芯から来る震えを抑えることが出来なかった。突如現れた、知人の言葉が、ホームレス男やその仲間の黒服達が語った、この館の主人のイメージをより鮮明かつ真実味を深めさせる。いやいや、今更何を恐れているというのか、俺よ。死ぬのが怖いのか。殺されても文句の言えないような事を、今までやってきておいて。それは自分でも理解していたはずだろうが。
「おい、何話してんだ、お前ら。旦那様がお呼びだよ、上がって来い」
 階段を上った先、扉の前から出てきたホームレス男は、こっちへ上がって来いとばかりに手招きをしてみせる。周りの黒服達を見渡すと、俺はホームレス男の待つ扉の前へと、赤い絨毯を踏みしめながら向ったのだった。
 お供しますよ、と、後ろにビネガーちゃんがついてくる。ホームレス男に追い返されるかと思ったが、これまた意外な事に、彼女と彼は知り合いだったらしい。それも、よう、で挨拶が完了してしまうような、そんな中のだ。
 俺のことを職場の先輩の兄であると説明し、ビネガーちゃんは俺との同行をホームレス男に申し出た。彼は少しだけ首を傾げて考えると、まぁ、お気に入りのアンタなら旦那様も文句は言うまいと、すんなり申し出を認めた。
 ホームレス男に続いて、俺は扉の向こうへと移動した。人が五人ならんでも充分余裕のある廊下。ゆったりとした間隔を持って並ぶ木目の扉。随分と格調の高いお館じゃないか。本当に良い所に住んでいやがるな。
 そうして廊下の突き当たりに差し掛かった時、前に大きな扉が現れた。
「いいか、この向こうに旦那様がいらっしゃる。くれぐれも粗相するなよ」
「分かってるよ。俺もみすみす殺されたくはないからね」
「えー、そんな怖い人じゃないですよ旦那様は。とっても優しい方ですよ」
 だから、それはお前にだけだって。やれやれ、さて、どう相手をしてやろうか。変態覗き魔ロリコン旦那さまって奴に、さ。