「味噌舐め星人の放蕩」


 屋敷は埃一つない、そんな綺麗な場所だった。入り口から階段に向って伸びている赤絨毯。突き当りの壁には大きな女の絵が飾ってある。和服の、別段美人でもなければ、ブサイクでもない、どこにでも居そうな普通の女性の絵だ。きっと、この家の主人の母か嫁か娘か、それとも、出所も分からないような、そんな一品に違いないだろう。どうせならば、もう少し上手い画家に書かせればいいのになんて思いながら、俺は絵のかかった壁を見上げた。
「暫く待ってろ、今、旦那様を読んでくるか。いいか、間違っても勝手に出歩いたりするなよ。餓鬼や野良犬じゃないんだからな」
「分かってるよ。と、言いたいとこだが、誰かさんのおかげで色々と気持ち悪いんだ。少し洗面所にでも連れて行ってもらって、顔の一つでも洗いたい気分なんだがね。人に会う前に、身だしなみという奴も整えたいし」
 呆れた奴だと男が言った。こっちとしては別段普通の要求をしているつもりだったのだが、彼にはそうではなかったらしい。本当に、自分には甘いくせに、人には厳しい奴だ。煙草を分けてやったというのに、恩をあだで返してくれやがって。まったく、こんな顔でアンタらの主人の前に出て、顔をしかめられても、俺は知らんぞ。いつ鼻血がまた吹き出すか分からんのだぞ。
 俺と仲間を玄関入ってすぐのホールに置いてきぼりにすると、ホームレス男は階段を登って、ホールの端にある木製の扉の向こうに消えて行った。
 それにしたって立派な館だ。ゲームかアニメにでも出てきそうな洋館という感じだね。外で見た時には今一つ実感が沸かなかったが、こうして実際に中に入ってみると、その造りの精密さに心を奪われる。歳をとってからこんな家に住めるならば、願ったりかなったりという奴だろう。少し羨ましい。
 あまりじろじろと眺めるなと、いきなり後ろから注意が入った。あのホームレス男が居る間は、ろくすっぽに口を開かなかった黒服達だったが、居なくなった途端、口を開くとは。なんだ普通に話せるんじゃないかと言うと、分かりやすい青筋が黒服の眉間に浮いた。これはなんとも、おちょくり甲斐のある反応じゃないか。一つここはあのホームレス男に代わって、こいつらを遊んでやるとしようか。そう思ってふと彼らの方を振り返った時、見覚えのある顔が彼らの背後、入り口の扉の方に見えて、俺は固まってしまった。
「いやー、でっかいお屋敷でやんすね。アタシャ、こんなに広いお家に御呼ばれしたのは初めてでやんすよ。いやぁ、廊下の奥が霞んで見えやんす」
 癖のある口調に、間の抜けた顔、間の抜けた台詞を吐くその女と、俺は過去に会ったことがあった。そう、彼女は俺の妹の後輩で、霊媒師で、俺と妹達の関係を改めてぐちゃぐちゃにしてくれた、そして、俺の命を無駄に救ってくれた、女。彼女は、彼女は、魔法少女風味ビネガーちゃんといった。
「ありゃ、ありゃりゃりゃ? もしかして、先輩のお兄さん、でやすよね。どうしたんですか、こんな所で? ここであったが百年目。お兄さんが居なくなってからというもの、先輩が落ち込んじまって大変だったんすよ。きっちりと、先輩の前に連れ出して、一度詫びをさせてやりたかったんす」
 おいおい、もしかして、こいつがこの館の主人じゃないだろうな。