「味噌舐め星人の捕獲」


「とりあえずよぉ、来てもらうぜ。俺達の雇い主がアンタに色々と聞かなくちゃならないことがあるんだとよ。なに、高速で一時間もかからないよ」
 なに言ってるんだよこいつ。高速で一時間だって。腕の痛みに閉じていた瞼を上げれば、目の前には黒塗りのワゴン車が止まっていた。ここら辺は路上駐車は禁止のはずなんだがな。しかも全面ミラーガラス。こんな車が、こんな往来に止められているのに、すぐそこの交番から警官が飛び出てこないのが不思議でならない。まったく、平和ボケしているね、日本って国は。
 車に乗せられれば殺される。俺は必死にホームレス男から逃れようとあがいた。腕の一本折れても構わない、そんな気持ちで身を捻ったが、あがけばあがくほど、腕の締め付けは強くなり、抵抗する気持ちがそがれて行く。
「なに、取って食いやしねえよ。息子と違って、あの方はまだ話の分かる紳士だからな。今回、俺たちを使ったのだって、ぎりぎりまで悩んでたんだ」
「おい、お前、最初に、御嬢さんって言ったな。雅か、彼女絡みか?」
「いんや、御嬢さんだけでもない。お前さん達の様な人間とは、一生縁のない人達が今、躍起になって動いてるんだよ。御嬢さんと、お坊ちゃんの為にな。しかし、お前みたいな男の何が良いんだろうね。よく分からんよ、佐東のとこの娘は。親が大変だって時に、野郎と日がな一日乳繰り合ってよ」
「おいおい紳士が覗きとは趣味が悪いじゃないか。若い男女の乳繰り合う姿なんざ調べさせて、お金持ちって奴の嗜好は変態じみてんだな、おい」
「そうだな。それでも、お前さんの様に人を壊さなくちゃいられない程ではないさ。調子に乗んなよ若造。てめえ一人、この世から消す事なんて、あの人程の権力があれば訳もなく出来ちまうんだ。いや、むしろ、佐東の先々代がまだ存命だったなら、お前は今頃どことも知らねえ海の底だぜ」
 おぉ、それは怖いねとふざけて見せると、初めて男が眉間に皺を寄せた。
 気づけば鼻穴から熱い液体が流れている。鼻をへし折られた。
「次はねぇ、大人しくしてな。これ以上ブサイクになりたくないだろう」
 今更これ以上どうブサイクなれっていうんだ。それでも、鼻の次は目か耳だろう。失明するのも失聴するのも勘弁だ。俺は観念すると、大人しくホームレス男のいう事を聞くことにした。体が震えているのは、まぁ、仕方ないだろう。俺だってなんてことはない、ただの人間だからな。捨て鉢な生活こそしているが、恐怖心くらいは少なからず持ち合わせているさ。
 ワゴン車の中にはホームレス男とは違って身綺麗な男たちが何人か座っていた。全員黒いスーツだったが、髪型は角刈りという事はなく、長髪も居れば短髪も居るし、丸刈りも居た。ヤクザという感じでもなければ、SPという感じでもない。どこにでも居そうな男たちは、ホームレス男の顔を見るとおつかれさまですと言って、頭を下げた。あぁ、本当に馬鹿野郎の相手は疲れるよと、ホームレス男は言うと、俺をソファーへと突き飛ばした。
「シートベルトくらい自分で締めれるだろう。この糞餓鬼が」
「あぁ。それくらいならな。けど、鼻血でソファーを汚さずにってのは、少し難しいね。悪いが、ちり紙を分けてくれないか。上等なのを頼むよ」